神に選ばれなかった者達 前編

私は、思わず食べる手を止めた。

今日の夕飯は、お兄ちゃん特製、もやしたっぷり塩焼きそばである。

お肉の代わりにちくわを入れた、我が家の定番料理の一つだ。

…って、それはさておき。

「…何言ってるの、お兄ちゃん」

「お友達と遊びに行くんでしょ?良いよ、行っておいでよ」

…そんな、お散歩にでも行くみたいな気軽さで。

お散歩だったら良かったんだけどね。こんなに悩むことなかったのに。

「いいよ…。カフェなんて、別に」

「友達付き合いも大切だよ?」

それは…そうかもしれないけど。

「行ったことないからよく知らないけど、カフェって高いんだよ、きっと」

「そうなの?」

「そうだよ」

…多分。

でも、きっとお高いんでしょ?

コーヒー一杯、500円くらいするんでしょ?

大変な金額だよ。

自動販売機のコーヒーでさえ、購入を躊躇うくらいなのに。

「良いよ。お金あげるから、行っておいで」

と言って、お兄ちゃんはあろうことか、私に一万円札を差し出した。

一万円というのは私にとって、無限の可能性を秘めた紙切れである。

五千円札でさえ、一年に一回お目にかかれるかどうか、というくらいなのに。

「そんなの、駄目だよ…!」

どうしても必要なものを買うというなら、話は別だけども。

たかが、友達とカフェに行く為だけに、こんな金額。

それなのに。

「良いんだよ。滅多にあることじゃないんだし、今回くらい」

そう簡単に言うけど、お兄ちゃんがこの一万円札を稼ぐ為にどれほど苦労していることか。

それを知っている私は、とてもじゃないけど自分の為に浪費することなんて出来なかった。

「行って、楽しんでおいで」

「駄目だってば。お兄ちゃん」

「そんなに気にしなくても。ほら、今月はお客が多かったから、余裕があるんだよ」

嘘ばっかり。

そんな手は食わないからね。私は。

「本当に、気にしなくて良いんだよ。行っておいで」

と言って、お兄ちゃんは私の手に半ば無理矢理、お金を握らせた。

「お兄ちゃんはもう、二度とのぞみに惨めな思いをさせないって決めたんだから」

「私は惨めな思いをしたことなんて、一度もないよ」

本当だよ。

いつだってお兄ちゃんは、私を養う為に精一杯頑張ってくれた。

自分は恵まれていると思ったことは何度もある。

けど、惨めだなんて思ったことは、一度もない。