神に選ばれなかった者達 前編

教室の景色は、昨夜見た夢とまったく同じだった。

教室の中に誰もいないのも、昨夜と同じ。

ただ昨夜と違うのは、これが夢だと自覚していることだけだった。

…夢の中で、これが夢だと分かるとは。

こういうのを、明晰夢と言うんだったか…。

明晰夢なんて、初めて見たような気がする…。

…と、感心している場合ではなかった。

扉をドンッ、と殴る音が、俺の意識を引き戻した。

これも、昨夜と同じだった。

ということは、この扉の向こうにいるのは…。今、扉を殴ったのは…昨夜と同じ…。

俺は、慌てて扉を押さえにかかった。

自分が昨夜とまったく同じ行動をしていることに、気づいていなかった。

必死に扉を押さえながら、俺は思い出した。

そうだ。昨夜も同じことをした。

必死に扉を押さえて時間を稼いで、それでも昨夜…。

そして、恐れていたことが起きた。

バキッ、と音がして、扉がくの字に曲がって壊れた。

逃げる間もなく、ゾンビが現れた。

…やっぱり。

そして昨日と同じく、ゾンビは俺の腕に噛み付いた。

ぶちぶちと音を立てて、バリッと腕が引き千切られる。

その音も、痛みも、昨夜と同じだった。

そのまま、床に倒れ伏すところまで一緒。

…そんな、馬鹿な。

まったく同じ…夢を…。

つまりこの後、俺の身に起こることは…。

くちゃくちゃ、と腕を食べたゾンビは。

床に伸びたまま、動くこともままならない俺の腹に食い付いた。

襲いかかる凄まじい痛み。床にとぐろを巻く、腹から飛び出した腸。

笑ってしまうくらい、昨日とまったく同じ。

その痛みも、恐怖も全て。

…嘘、だろう?

こんなことって…。昨日とまったく同じ夢を見るなんて…。

…そう、夢…これは、夢なんだ。

「夢だ…これは、現実じゃ、ない…」

薄れゆく意識の中で、くちゃくちゃと、自分の肉が咀嚼される音を聞きながら。

俺は、必死に自分にそう言い聞かせた。

これは夢だ。これは夢。

だから、本気で怯える必要はない。痛みなんて感じる必要はない。

この痛みは偽物なのだ。

現実の俺は、至って元気なのだから。何も起きていない。ただ眠っているだけなのだから…。

…そう自分に言い聞かせれば、少しでも痛みを和らげられると思ったのだろうか。