神に選ばれなかった者達 前編

――――――…どうして私は、逃げることしか出来ないんだろう。

「ひっく…ひっく…うぅ…」

泣きじゃくりながら、私は夢の中の路地裏を駆けた。

私がこうして逃げている間にも、お兄ちゃんがあのバケモノ達の餌にされているかと思うと、堪らない気持ちだった。

今すぐにでも引き返して、お兄ちゃんと一緒に戦いたいという気持ちと。

このまま逃げて、自分だけでも助かりたいという醜い気持ちが、互いに相反するように私の中で渦巻いていた。

私は、なんて卑怯なんだろう。

私の為に命を捨ててくれているお兄ちゃんを、見捨てて逃げるなんて。

この期に及んで、それでも自分だけ助かりたいなんて、そんな浅ましいことを考えてしまうなんて。

自らを犠牲にしてでも私を逃がしてくれた、お兄ちゃんの高潔さに比べ。

自分のことしか考えない私の、なんと醜いことか。

「ひっく…お兄ちゃん…お兄ちゃん…」

痛いだろうな。苦しいだろうな。

あんなにいっぱい、血を流していた。

それでも私を助けに来てくれて、そして今、私を逃がす為に戦ってくれている。

それなのに私は、ただ一人で逃げることしか出来ない。

昔からそうだ。いつだって。

お兄ちゃんは私の為に、たくさん痛い思いをして。苦しい思いをして。

それなのに、私はそんなお兄ちゃんに甘えているだけ。

あまつさえ私は、お兄ちゃんを犠牲にして、自分だけ助かろうとしている…。

「ごめん…ごめんね、お兄ちゃん…ごめんなさい…」

謝っても謝っても、泣いても泣いても。

お兄ちゃんの痛みを、ほんの少しも肩代わりしてあげられない。

なんて無力なんだろう。

死にたいくらい自分を憎んでも、私は立ち止まることが出来なかった。

死にたくないという恐怖が、私を突き動かしていた。

私が捕まったら、足を止めてしまったら。

私の為に死んでくれたお兄ちゃんの犠牲が、無駄になってしまう。

お兄ちゃんの味わった痛みが、何の意味もないことになってしまう。

だから私は、絶対に逃げ切らなければならないのだ。

問題は、何処に逃げたら良いのか、私には不明瞭だったことだ。

お兄ちゃんは、「家」に向かうように言った。

多分、屋内だったら隠れる場所があると踏んだのだろう。

だけど…私には、幼い頃住んでいたアパートなんて、とても…。

…。

それでも、他に向かうべき場所なんてなかった。

お兄ちゃんが教えてくれた道案内を思い出しながら、私は必死に、幼い頃住んでいたアパートを探した。

…一体、どれだけ一心不乱に走ったことだろう。

私はようやく、件のアパートを見つけた。

懐かしさなんて感じなかった。感じるはずもなかった。

そんな余裕はなかった。ただ、自分の命が助かりたい一心だった。