神に選ばれなかった者達 前編

のぞみは泣き出しそうになりながら、ぶるぶると震えていた。

「嫌だ…嫌だよ。何処に逃げたら良いの…。一人で、何処に…」

…そうだな。逃げる場所…。

もし、あの犬達が人間の匂いに惹かれるのなら。

屋外よりも、身を隠せる屋内の方が良いだろう。

思い当たるのは…。

「…家だ。家に戻るんだ、のぞみ」

「い…え?」

「覚えてるだろう?僕達が生まれた家だよ。アパートの二階の…」

「…」

のぞみは、言葉を失っていた。

このゴミ収集庫は、僕達の生まれたアパートの近くにある。

屋内であれば、狙われる危険性は少しでも下がるだろう。

…そうであることを祈るしかない。

「あそこに行くんだ。部屋の中に隠れて、じっとしてて。動いちゃいけないよ」

「…分からない。私、覚えてないよ…お兄ちゃん…」

「…」

のぞみは震えながら、「分からない」と言った。

無理もなかった。

家を離れた時、のぞみはまだ幼かった。

それに、命の危険が迫っているこの状況で。

冷静に記憶を辿って自分の生家を思い出す、なんてことが出来るはずがなかった。

「…大丈夫、のぞみ」

僕は、のぞみを安心させる為に優しく言った。

「思い出せるよ。ここから真っ直ぐ大通りに向かって、路地を三つ抜ける。そうしたら右手に折れた電柱があるから、そこを左に曲がって。すぐそこに2階建てのアパートがある。そこだよ。…分かる?」

「…うん…。分かる」

よし、偉い偉い。

「じゃあ、すぐに向かって。振り向いちゃ駄目だよ」

「でも…でも、お兄ちゃん…」

「…良いから、行くんだ」

躊躇っちゃいけない。

出来る限り頑張るけれど、僕が稼げる時間は恐らく、そんなに長くはない。

果たしてのぞみが逃げ切るまで、隠れるまで、生き延びられるだろうか。

「お兄ちゃんも頑張るから、のぞみも頑張って逃げるんだよ」

「うぅ…。お…お兄ちゃん…」

「行くんだ、さぁ。絶対に振り向いちゃいけないよ」

のぞみの顔は、今にも泣きそうなほどに歪んでいた。

可哀想に。

抱き締めてあげたいけれど、もうそんなことをしている余裕はなかった。

僕は音を立てないように、そっとゴミ収集庫の蓋を開けた。

そして、そこからのぞみを押し出した。

「行って、ほら。早く」

「…お兄ちゃん…!」

「行くんだ!」

僕がのぞみに大きな声を出すことは、滅多にない。

でも、今だけは。

のぞみの命を、助けなければならなかった。