神に選ばれなかった者達 前編

…いつの間に、僕はまたここに戻ってきたのか。

良い思い出なんて何もないのに。

どうして…また、こんなところに…。

「…え」

その時、僕は自分の手に握っているものに気づいた。

錆びた、1メートルほどの鉄パイプだった。

…血がついた鉄パイプ。

「…ひっ…!」

僕は、その鉄パイプを取り落とした。

その武器が何なのか知っていた。

思い出したのだ。

どうしてこの場所に戻ってきた。僕はもう、二度と…!

…しかし。

その時、グルルル…と、獣が唸るような声が聞こえた。

ぎくっとして、後ろを振り返ると。

あまりの異様な光景に、思わず息を呑んだ。

それは、巨大な犬だった。

…いや、犬と言うよりは、鋭い牙を持つオオカミに近い。

身体はオオカミなのに、その顔は人間のそれだった。

目も、耳も、口も鼻も、全部人間のもの。

人間の顔が、オオカミの身体に貼り付いているかのように。

「ば…バケモノ…」

何処からどう見ても、それはバケモノだった。

バケモノ以外の何物でもない。

長年このスラム街で生きてきたけど、こんな生き物は見たことがない。

野良犬なら腐る程いるけれど、こんな…バケモノ…。

これじゃ、まるで人面犬、

「…っ!」

その時、僕は思い出した。

そうだ。ここは夢だ。

僕は今、夢を見ているはずだ。

いつもと同じように眠りについた。のぞみと一緒に。

のぞみと…同じ夢を見させてくれと祈りながら。

もしかして…ここが、その夢の中なのか?

信じられない気持ちだった。

だって、夢の中って、もっとぼんやりとしていて…。

そもそも、夢の中で自分が今夢を見ていると気づいたことなんて、一度もなかった。

明晰夢と言うんだったか…。…初めての体験だ。

まるで本物の世界のように、意識がはっきりとしていた。

記憶にある通りの光景だった。

こんなにも…鮮明に…。

しかも…この鉄パイプまで…僕の手にはっきりと…。

「グルルルル…」

「…!」

自分達を忘れてもらっては困るとばかりに。

何匹もの人面犬が、涎を垂らしながらじわじわと迫ってきた。

その、あまりのリアルさに、思わず怯えたが。

忘れるなかれ。これは…夢なのである。