神に選ばれなかった者達 前編

無論、それで終わりではなかった。

いそらの母は、生まれた子を育てる気なんて毛頭なかった。

赤ん坊が泣く度に、うるさいと言って外に投げ捨てようとしたり、首を絞めて殺そうとした。

その度にいそらは、全力で母親に飛びついた。

そして、妹を抱いて逃げ出した。

いそらに対してもそうだったように、母親は生まれた赤ん坊を守り、養おうとはしなかった。

それどころか、名前をつける気さえなかったのだ。





「…ねぇ、お母さん。この子、名前はなんて言うの?」

幼かったいそらは、母親の機嫌が良さそうな時を狙って、母親に尋ねた。

母の機嫌が悪かったら、話しかけた瞬間に拳が飛んで来かねなかったから。

「知らない。どうでも良いわよそんなの」

母の返事は、あまりにそっけないものだった。

自分の娘だろうに、どうでも良い、とは。

「でも…名前がないと可哀想なんじゃ…」

空音いそらは、なおも食い下がった。

名前がないなんて、あんまりだと思ったのだ。

しかし。

「うるさいな…。ごちゃごちゃ言うんじゃないっ!!」

そう叫んで、癇癪を起こした母親は、いそらを殴りつけた。

妹の名前を聞いただけなのに、酷い言われようである。

「そんな奴、名無しで充分なんだよ!これから仕事なんだ。黙ってな!!」

そう言われては、いそらは口を噤むしかなかった。

これ以上何か言えば、また母の鉄拳が飛んでくるだろう。

いそらではなく、妹に。

だから黙っていた。…母が出掛けるまで。

ようやく母が居なくなると、空音いそらは妹を抱き締めた。

妹はぱっちりと目を覚まして、兄に向かって無邪気に手を伸ばした。

その小さな手をきゅっと掴み、ゆらゆら揺すって遊んであげた。

「…名無しじゃ嫌だよね。こんなに可愛いのに」

空音いそらは、妹のことが好きだった。

これまで愛情というものに触れたことのない彼にとって。

妹は、生まれて初めて無償の愛情を注げる、唯一の存在だった。

妹が笑い返してくれる度に、喜びが溢れた。

これまで感じたことのない、優しい感情が芽生えるのだ。

この子の為なら、何でもしよう。

空音いそらは、妹の顔を覗き込みながら、いつもそう思った。

妹の存在は、いそらにとって自分の存在意義そのものだった。

だから。

「可愛い名前をつけてあげようね…。…何が良いかな…」

母親が名前をつけてやらないのなら、兄である自分がつけよう。

空音いそらは、そう思った。