神に選ばれなかった者達 前編

その後どうなったかは、最早言うまでもないことだろう。

驚いた社長は、曖昧に笑って返事をしただけだった。

もっと喜んでくれるものと思っていたから、いそらの母は困惑したが。

突然告げたから、彼もきっと驚いたのだろうと思った。

そして二度と、社長が彼女のもとに来ることはなかった。

自分が捨てられたことに気づいたのは、いそらが生まれた後。

社長が、別の娼婦と一緒に居るところを見つけた時だった。

彼女は半狂乱で、彼に迫った。「私を助けてくれると言ったじゃないか」と。

「この子はあなたの子なのに、どうやって育てろと言うんだ」と。

しかし、あんなに彼女に優しかった社長は、返事をする代わりに彼女のことをぶん殴った。

そして唾を吐き捨て、「近寄るな、売女」と言い捨てた。

それで終わりだった。それ以上言うことは何もなかった。

赤ん坊を連れて呆然とする彼女のことを、周囲の人々は笑った。

特に喜んだのは、スラム街の娼婦仲間だった。

自分には強力なパトロンがいるからと、天狗になっていた彼女のことを、ずっと疎ましく思っていた。

疎ましい…と言うよりは、妬ましく思っていただけなのだろうが。

そんな彼女が捨てられ、しかも赤ん坊なんて厄介者を抱えさせられた。

今になって騙されたことに気づいても、全てはもう遅かった。

いそらの母は、全ての恨みつらみを、生まれたばかりのいそらにぶつけた。

よく生きていたものだ。

いそらは毎日のように暴力を振られ、暴言を吐き捨てられながら生きてきた。

他にお金を稼ぐ手段もなく、母親は再び、娼婦業に戻った。

その間いそらは、一部屋しかない小さなアパートで、母親の帰りを待っていた。

まるで、親鳥が帰ってくるのを待つ雛鳥のように。

面倒を見てくれる人なんていなかった。

いそらは一日中部屋にじっとして、母親が帰ってくるのを待った。

丸一日、どころか二日、三日と帰ってこないこともよくあった。

その間いそらは、家の中にある食べ物をちびちびと、少しずつ食べて生き延びた。

それは、耐え難いほどに過酷な毎日だった。
 
いそらの母は、いそらが家で餓えていようと、まったく気にしなかったからだ。

自分が家に帰ってきた時、いそらが部屋の中で餓死していたとしても、何とも思わなかっただろう。

むしろ、養わなければならない口が減って良かった、と思うのではないだろうか。

家の中の食べ物を勝手に食べたら、帰ってきた母に殴られることは分かっていた。

でも、生きる為に食べない訳にはいかなかった。

殴られる痛みより、飢えの苦しみの方が遥かに辛かった。

家の中にある食べ物が尽きたら、今度は食べ物じゃないものまで食べた。

それはアパートの外に捨ててあるゴミだったり、雑草だったり。

溢れそうな下水の近くを這うネズミや、石の下に隠れているミミズだったりした。

味なんて気にしなかった。それが本当に食べ物かどうかなんて、どうでも良かった。

食べた後に、腹痛にのた打ち回ることもしばしばだった。

それでも、生きる為には食べなければならなかった。

自分の力で、食べ物を得なければならなかった。
 
いそらは生まれて数年もしないうちに、自分で狩りをするハンターになってしまったのである。