神に選ばれなかった者達 前編

更にいそらの父親だった社長は、「いつか君を首都に連れて行ってあげる」言った。

それはいそらの母にとって、スラム街で働く全ての娼婦達にとって、願ってやまない夢だった。

この薄汚いスラムを出て、真っ当に、都市で暮らす。

それも首都だなんて。玉の輿中の玉の輿だ。
 
だが、冷静に考えれば、そんなことは不可能だと分かったはずだ。

その社長には、既に正妻がいた。

それだけじゃなくて、その正妻との間に子供だっていたのだ。

そのことは、いそらの母も知っていた。
 
しかし、いそらの母は正妻など怖くなかった。

社長は何度も、「妻とは離婚する。」「代わりに君と結婚する。」というようなことを言っていたから。

いつかその社長が正妻を捨て、正妻との子供はその妻に押し付け。

代わりに自分と結婚して、自分を首都にある新築の家に住まわせてくれる。

そこに行けば、自分はもう二度と働く必要はない。

好きなだけ贅沢をして、悠々自適な生活が待っているのだ。

そんな夢を見て、うっとりとしていた。

…しかし、それがいつになるのかは分からなかった。

何故かその社長は、「いつか」してあげるとは言いつつも。

「いつ」してあげる、とは言わなかったからだ。

それでも、自分の頭で冷静に考えるということが出来ないいそらの母は、少しも怪しいと思っていなかった。

このような生活は、いずれ破綻する。

その時は、突然やって来た。

いそらの母が、いそらを身ごもったのだ。

これまで長く娼婦の仕事をしていたが、彼女は一度として妊娠したことはなかった。

その為、気づくのが遅れてしまった。

下腹部が目立つようになってから初めて、彼女は妊娠に気づいたのだ。

間違いなく、社長との子供だった。

以前は客を選ばなかった彼女だが、社長と出会ってからは、他の客は取っていなかった。

社長とのそれは避妊にも無頓着で、妊娠するのも当然だった。

スラム街の娼婦にとって、妊娠は障害でしかない。 

しかし、強力なパトロンを得たいそらの母にとっては、普通の女性と同じように、喜ばしいことだった。

社長は、正妻と離婚して自分と結婚してくれると言ったのだ。

ならば、彼との子供を作ることに、何の障害があろうか。

むしろ、自分の腹にいる子が、もしかしたら次期社長になるかもしれない。

そうすれば、いよいよ自分の立場は確固たるものになる。

中絶するなんてとんでもない。彼女はいそらを産むつもりで、社長に報告するのを楽しみにしていた。

そして、次に社長が彼女のもとに来た時。

彼女は、妊娠したことを告げたのだ。