神に選ばれなかった者達 前編

さて授業の準備をしようと、机の中に手を突っ込んだのが、運の尽きだった。

教科書が出てくるはずだったのに、手に触れた感触は、教科書とは似ても似つかないものだった。

「…!?」

思わず、びくっとして後退ってしまったら。

机の中に入っていた「それ」が、びたん、と床に落っこちた。

驚いたことに、それは手のひら大のトカゲの死骸だった。

罪なきトカゲの胴体が引き裂かれ、「中身」が…つまり内臓が潰れてはみ出していた。

流石の俺も、これは素直にびっくりした。

机の中に見知らぬトカゲの死骸が入ってたら、多分誰でも驚くと思う。

そんな俺の反応を見て、雨野リリカ他、近くにいたクラスメイトがどっと笑った。

…何か面白いこと、あったか?

人が驚く姿が面白いのかもしれない。

その笑い声に、教師が振り返った。

「ん?何だ。喧しいな」

「先生。萩原君が机の中でトカゲを飼ってたみたいですよ」

と、雨野リリカの取り巻きの一人が、楽しそうに報告した。

が、勿論俺は、机の中でトカゲを飼う趣味はないので、その報告は捏造である。

と言うか、そんな趣味がある者はまず滅多にいないと思う。

いたとしても、飼うならちゃんとケージの中で飼うべきだ。

だから、そんな報告が嘘であることは、教師だってすぐに分かるはずだ。

しかし彼は、「どういうことだ」とは聞かなかった。

「何をつまらないことしてるんだ。さっさと捨ててこい」

笑い半分、呆れ半分で、教師は俺にそう言った。

…俺がやったことじゃないんだが。

しかし、生徒という立場である以上、逆らうことは難しかった。

それに、これはもう起きてしまったことなのだ。

淡々と対処するしかない。…いつものように。

俺は黙って、床に落っこちたトカゲの死骸を、素手で拾い上げた。

そんな俺の姿を見て、またクラスメイトはどっと笑ったが。

…気の毒に。

自分でもクラスメイトでもなく、トカゲが気の毒だった。

俺への嫌がらせの為だけに、殺されてしまったトカゲが。

このトカゲは、何も悪いことなんてしてないだろうに…。

捨ててこいと言われたが、俺はそのトカゲを、ゴミ箱に捨てることは出来なかった。

素手でトカゲをそっと手のひらに乗せて、俺はそのまま教室を出ていった。

教室の扉を閉めるまで、滑稽な俺を姿をクスクスと笑うクラスメイトの声が聞こえてきた。

勿論、その嘲笑の中に、教師のものも混じっていることは分かっていた。

俺はともかくとして、俺と一緒になって笑われるトカゲに申し訳なかった。