神に選ばれなかった者達 前編

それでも、中絶によって命を奪われた子供は幸せだ。

生まれた後の苦しみを味わうことなく、この世を去れるのだから。

スラム街の娼婦の中には、中絶薬を購入するほどの、そんな余裕さえない者も大勢いる。

そういう女性達は、妊娠が分かっても、中絶することが出来ない。

ならば、どうするか。

そうなれば産むしかない。嫌でも、要らなくても、望んでなくても、生まれてきてしまう。

そして生まれてきた子供は、へその緒をつけたまま捨てられる。

ゴミ山に捨てられ、ドブ川に捨てられ、カラスや野良犬の餌になる。

どちらが良いだろうか。

生まれる前に毒殺されるのと、生まれてきてから野良犬の餌になるのと。

どちらも地獄のようだが。

いずれにしても、子供達に明るい未来など待っていない。

でも、空音いそらは違った。

彼は、スラム街で生まれた多くの命のように、生まれる前に毒殺されることはなかった。

生まれてから、首を絞めて殺されることも、野良犬の餌になることもなかった。

空音いそらは、何故自分の母親が自分を始末しなかったのか、その理由を知らない。

母親に尋ねることもなかった。

聞いたところで、ろくに返事などせず、殴られるだけだと分かっていたからだ。

多分気まぐれだったのだろう、と本人は思っている。

だが、空から地上を見下ろしていた俺は、その理由を知っている。

空音いそらの母親には、当時馴染みの客がいた。

その客はいそらの母親のことを気に入って、何度も関係を持っていた。

その客こそ、いそらの父親である。

いそら自身は、当然そのことを知らないが。

スラム街で娼婦を買う男性は、その男性自身も貧乏な根無し草ばかりだった。

しかし、いそらの父親は違った。

彼は都市部に家を持つ、そこそこの大企業の社長だったらしい。

その為金払いも良く、いそらの母親にとっては絶対に失いたくないパトロンだった。

貧民街の娼婦にとって、金払いの良いパトロンを得ることは、どん詰まりの生活から脱却する、唯一の手段だった。

いそらの母は、まさにその唯一の手段を実現したのだ。

上手く行けば、スラム街生活から脱出出来る。

実際その社長は、いそらの母に言っていた。

「自分が、この生活から解放してあげる」と。

「君の為に素敵な家を買ってあげるよ。」「もっと早く君に会いたかった。」「君に好きなだけ贅沢をさせてあげる。」などなど。

歯の浮くような、しかし一周回って逆に怪しい言葉を次々と。
 
都市部に住んでいる女性がこんな言葉を聞けば、どう思うだろう。

余程金に目が眩んでいなければ、「何だかこの人、嘘臭い」と思っただろう。

しかし、まともな教育を受けず、金に目が眩んだいそらの母は、少しも怪しいとは思わなかった。

仮に怪しいことが分かったとしても、彼女に何が出来ただろう。

怪しかろうが何だろうが、金を払ってくれる客についていくしかないのだ。