神に選ばれなかった者達 前編

そしてまた、時は戻る。

気がつくと、俺は教室の中に立ち尽くしていた。

左手に、錐を一本握り締めて。

「…」

先程までと、まったく変わらない状況。

変わっているのは、俺の絶望した表情だけだ。

…何なんだ。これは?

また戻ってる…。二度もゾンビに襲われたのに、確かに喉元に食いつかれて死んだのに。

絶命の痛みは、迸る血の熱さは、生々しく残っているのに。

何事もなかったように、また全てが戻っている。

そして。

「…っ…」

ドン、ドン、と扉が強く叩かれていた。

さすがに、もう扉の向こうに何がいるのか、という好奇心は微塵もなかった。

扉の向こうに何がいるのかなんて、先程の体験で嫌と言うほど味わった。

俺は好奇心ではなく、恐怖に駆られて扉に駆け寄った。

扉の鍵を閉め、自分の身体を盾にして、強く扉に押し付けた。

こうすれば、扉を守ることが出来るのではないかと思ったのだ。

我ながら浅はかな考えだが、間近に迫っているであろう死を回避する為には、こうするしかなかった。

扉の向こうのソンビが、諦めて立ち去ってくれることに期待した。

何度も、何度も、ゾンビは強く扉を叩いてきた。

先程よりも長く「持ち堪えて」いるのは間違いなかった。

しかし、ゾンビはそれで諦めてはくれなかった。

むしろ俺が持ち堪えれば持ち堪えるほど、強く、ムキになって殴りつけてきた。

何としても、扉の向こうにいる「エサ」を手に入れようとするみたいに。

扉を一枚隔てて、俺とゾンビのせめぎ合いが、一体どれくらい繰り広げられていたのだろう。

俺にとっては、永遠のように長い時間に感じられた。

しかし実際は、恐らく、数十秒も時間を稼げてはいなかったのだろう。

ついに、扉のバリケードが壊された。

「っ…!」

現れたのは、やはり先程と同じゾンビ。

でも、先程の2回とは様子が違っていた。

ゾンビは牙を剥き出しにして、怒りをあらわにしていた。

まるで、先程の2回よりも、時間と手間をかけさせられたことを怒っているかのようだった。

その証拠に、ゾンビは今度は、俺の腕に噛み付いてきた。

先程までは、喉元に一気に噛み付いて、一息で殺してくれた。

それなのに、今度はまず先に、腕から噛み付いてきた。

「ぐっ…!」

凄まじい痛みが突き抜け、俺は教室の床に倒れ伏した。

ぶちぶちと異様な音がして、バリッ、と腕が肩からもぎ取られた。

その腕を、ゾンビはくちゃくちゃと音を立てて齧っていた。

その隙に、何とか逃げ出せば良かったのかもしれない。

それこそ、床を這ってでも。

しかし、腕をもぎ取られた凄まじい痛みのあまり、逃げることなんて考えられなかった。

腕をぐちゃぐちゃと食べ終えた後、ゾンビは改めて、俺の腹部に齧り付いた。

あまりの痛みに、もう恐怖も、逃げようという気持ちさえ湧かなかった。

ただ、時間が自分を殺してくれるのを待つことしか出来なかった。

掠れゆく視界の端に、自分の身体から引き摺り出された腸が、教室の床にとぐろを巻いているのが見えた。