神に選ばれなかった者達 前編

「行くぞ、のぞみ!」

「う、うん…!」

空音兄は、こんな時でも妹の手をぎゅっと掴み。

一緒に、一目散に走り出した。

「バラバラに逃げた方が良い。俺と萌音は向こうに行くから、ふぁにと響也は別方向に」

「分かった」

分散してバラバラに逃げれば、追いかけてくるゾンビを撹乱することが出来る。

李優と萌音ちゃんは、空音兄姉とは別方向に駆け出した。

ふぁにも、別の方向に駆け出そう…と、したのだが。

隣から、ドサッ、という音がした。

「えっ…?」

驚いて横を見ると、響也くんが。

呆然としたまま、その場に膝を折って座り込んでいた。

何処か怪我でもしたのか、と思ったが、そうじゃなかった。

その絶望した眼差しを見れば分かる。

作戦が失敗して、ついに心が折れたのだ。

思えばさっきから響也くんは、様子がおかしかった。

メンタルがもう、限界だったのだろう。

無理もない。

彼は、生贄になってからまだ日が浅い。

いきなりこんな悪夢に巻き込まれて、何度もゾンビに殺されて。

ふぁに達に最初に会った時、随分落ち着いていたように見えたが。

本来なら、もっと狼狽えて、もっと怯えているのが普通だ。

メンタル強いんだなーとか思ってたが、そういう訳じゃなかったんだ。

ただ、動揺を他人を見せないようにしていただけだ。

一生懸命虚勢を張って、気丈に振る舞ってきたけど。

相次ぐ作戦の失敗に、ついに、我慢の限界を迎えてしまったらしい。

この程度の作戦失敗、ふぁに達にとっては日常茶飯事だが。

響也くんにとっては、心が折れるほどの絶望だったのだろう。

気持ちは分かる。痛いほどよく分かる。

でも、今は。

よしよしって、慰めてやってる時間も、余裕もないのだ。

死にたくなければ逃げないと。戦わないと。

待ってくれないんだよ。残酷な現実は、君が覚悟を決めるまで。

「どうした、響也!?」

「響也くん、立って…!」

李優くんとふぁにが、響也くんに声をかけたが。

「…」

彼は答えなかった。そして、立ち上がることも出来なかった。

あぁ、くそ、畜生。

「助けられない。置いていく」

萌音ちゃんの判断は早く、そして残酷だった。

ゾンビ達はもう、すぐそこまで迫ってきている。
 
背負って逃げていれば、捕まるのは明白だった。

萌音ちゃんは即座に、響也くんを見捨てて逃げることを選択し、走り出した。

非情だけど、これが正しい判断だった。

そして、『処刑場』の暗黙のルールでもあった。

助けられる時は助ける。でも、助けられない時は見捨てる。

こんなことでいちいち良心を痛めいたら、この悪夢を生き延びることは出来なかった。