神に選ばれなかった者達 前編

「…え」

気がつくと、そこは学校だった。

学校の校舎。教室の中。

非常に見覚えのある景色だった。

確か、自分の部屋で寝ていたはずだったのだが。

…俺はいつの間に、学校に登校したのだろう?

教室の中には誰もいなくて、それどころか、廊下もグラウンドも、死んだように静まり返っていた。

普段は喧騒に溢れている学校が、こんなにも静かなんて初めてだ。

まるで、世界に自分一人しかいないような静けさ。

非常に不気味な気がした。

その時、俺は自分の格好に気づいた。

さっきまでパジャマ姿だったはずなのに…。格好が変わっている。

そして何より、驚いたのは。

「…錐(きり)…?」

俺の左手に、何故か、先の尖った鋭利な錐が握られていた。

錐って知ってるだろうか。木材に穴を開ける為の工具である。

他に何も持っていないのに、何故かこの錐だけを、俺は後生大事に握り締めていた。

…何でこんなものを?

俺は、まじまじとその錐を見つめた。

何処かで見たことがあるような…ないような。

教科書もノートも何も持って来ず、おまけに制服さえ着ずに、何でこんな錐一本だけ…。

これじゃ、また雨野リリカやクラスメイト達に笑われてもおかしくな、

「…!?」

背後から、ドン、と大きな音がした。

驚いて振り向くと、何者かが、強く教室の扉を叩いたようだった。

教室の扉は引き戸だから、横に引かなけれは開かないのに。

扉の向こうの人物(?)は、何故か力任せに、ドン、ドン、と扉を叩いていた。

何とも言えない異様な気配を感じて、俺は身を震わせた。

恐る恐る、俺は扉の近くに歩み寄った。

この扉の向こうにいるのは、一体何者なのか。

恐怖と少しの好奇心と共に、俺はそっと扉の取っ手に手を触れた。

その時だった。

「…っ!?」

俺が内側から扉を開ける前に、何度も叩かれて変形した扉が、ついに限界を迎えた。

扉はくの字に曲がって、壊れた。

その向こうから現れたのは、人の形をしたバケモノだった。

鋭い牙、捻じ曲がった首、突出した眼球。

皮膚は破れて、ピンク色の粘液が覆った、まだらな肉が剥き出しになっていた。

まるで、ホラー映画に出てくるゾンビだ。

まさかそんなものが現れるとは思ってなかった俺は、驚いてその場に立ち尽くした。

しかし、それは大きな過ちだった。

床に縫い付けられたように、微動だにしない俺に向かって。

そのゾンビは、鋭い牙で俺の喉元に齧り付いてきた。

凄まじい痛みが、全身を貫いた。

齧り付かれた喉元から、噴水のように大量の血液が流れ出すのが見えて。

俺の命は、それで終わりだった。