神に選ばれなかった者達 前編

僕はのぞみの背中を撫でながら、優しい言葉をかけて慰めてあげた。

「大丈夫だよ、のぞみ。お兄ちゃんが守ってあげるから。お兄ちゃんがのぞみの傍にいるから。だから、何があったのか話してごらん」

「…ふぇ…」

「ほら、もう泣かないで。一体どうしたの?誰がのぞみを泣かせたの?言ってごらん。そんな悪い奴は、お兄ちゃんが懲らしめてあげる」

僕は本気だった。

のぞみを泣かせるような奴は、問答無用で首を絞めるつもりだった。

これまでだって、ずっとそうしてきた。

のぞみを守る為だったら、何だってどうってことない。

…しかし。

「さぁ、お兄ちゃんに話して。何で泣いてるの?何があったの?」

「…お兄ちゃん…信じてくれる?」

え?

「私の言うこと、信じてくれる…?」

「…勿論だよ。のぞみの言うことは、何でも信じるよ」

のぞみが言うことなら、例え「UFOを見た」とか、「幽霊に遭遇した」と言い出しても信じる。

誰が何と言っても信じる。

「だから、お兄ちゃんに話してみて」

「…あのね、私…昨日から…」

そうしてのぞみは、僕に話してくれた。

その内容は、とても信じられないようなものだった。

なんと、のぞみは夜中中、バケモノと戦っているのだという。
 
夢の中で、謎の施設みたいなところにいて。

ここは何処だろうと周囲をきょろきょろしていると、そこに、人の顔をした犬が出てくるのだとか。

人の顔をした犬…。…人面犬…?

僕は見たことがないから、想像するしかない。

そもそも、犬でさえスラム街にはあまりいない。

意外に思うだろうか。

犬は、スラム街ではご馳走だからね。

そしてのぞみは、夢の中でその人面犬に食べられ、何度も殺されているというのだ。

今現在、夢の中で僕達が戦っているのは、ゾンビだが。

もう何年も前、夢の中で最初にのぞみが邂逅したのは、ゾンビではなく人面犬だったのである。

今でこそ容易に信じられるが、当時の僕は、驚きを隠せなかった。

人面犬なんて、見たこともなければ聞いたこともない。

犬の首から上に人間の顔が貼り付いている姿を想像して、その異様さにぞっとした。

想像しただけでもこんなに気持ち悪いのに、実際に夢の中で遭遇したのぞみは、どんなにか怖かっただろう。

それにしても、夢の中で人面犬に襲われるなんて…。にわかには信じ難い。

「物凄く痛いの…。何匹もの犬が…私を餌みたいに食べて…」

「…」

「身体から力が抜けて…やっと終わったと思ったら、また同じ場所に戻って…。それからまた、犬に追い立てられて…また食べられて…それを繰り返して…」

「…のぞみ…」

「凄く痛くて、辛いの。一昨日も、昨日の夜も…。こんなこと誰にも言えない。信じてもらえないよ」

そう言って、のぞみはぽろぽろと泣いた。

「…お兄ちゃんは信じてくれる?私が本当のこと言ってるって」

「あぁ、勿論だよ」

実を言うと、のぞみが何を言っているのか、この時の僕には半分も分かっていなかった。

だけど僕は、のぞみを信じていた。

のぞみは本当のことを言ってるって。

何がなんだか分からないけど、僕がのぞみを信じている。それだけは確かだった。