神に選ばれなかった者達 前編

「のぞみ…何があったの?」

僕は、のぞみの顔を心配そうに覗き込んだ。

「…お兄ちゃん…」

当時の幼いのぞみは、大きな瞳を不安げに揺らがせていた。

…しかし。

「…ううん、平気。大丈夫」

と、言うではないか。

そんな、馬鹿な。

「平気じゃないでしょ。顔色が悪いよ。何処か具合が悪いんじゃ…」

「そんなことないよ。全然、何処も痛くない」

確かに、痛くはなかったはずだ。

…今は。

「でも、のぞみ…」

「本当に大丈夫。ちょっと、疲れてるだけ」

と言って、今度はのぞみは笑顔を見せた。

その笑顔が無理をして作ったものであると、僕は当然気づいていた。

「お腹空いた、お兄ちゃん。朝ご飯食べたい」

「あ、う、うん…。今日はちくわ丼だよ」

「わぁい。美味しそう」

顔を綻ばせるのぞみ。

今日の朝ご飯は、ご飯の上に、甘辛く炒めたちくわを乗せただけの、簡単節約ちくわ丼である。

のぞみのお茶碗にはちくわ一本半、僕のにはちくわ半分を入れてある。

ほら、のぞみの方が育ち盛りだから。

「…大丈夫?のぞみ…」

「うん、大丈夫。ちくわ美味しい」

粗末な朝ご飯を食べながら、のぞみはにっこりと微笑んでみせた。

でもやっぱりそれも、無理をしているように見えた。

「今日、学校休む?休んでも良いんだよ」

「まさか。休まないよ」

その時僕は、愚かな勘違いしていた。

のぞみの具合が悪そうだったのは、学校に行き始めたばかりで、慣れない環境に体調を崩したのだと思っていたのだ。

そうじゃなかった。

そうじゃなかったことを、僕はまだ知らなかった。

「お兄ちゃんが苦労して、私を学校に行かせてくれてるんだもん。一日も休めないよ」

「でも…具合が悪いなら…」

「本当に大丈夫。私のことは心配しないで」

「…」

心配しないでと言われても…。

お兄ちゃんはいつだって、のぞみのことが心配だよ。

だけど僕はその時、のぞみを強く引き留め、無理矢理でも学校を休ませることはしなかった。

というのも、僕も僕で、忙しかったからだ。

まだ路上生活をしていた頃だったら、付きっきりでいられたかもしれないが。

今は、このオンボロ長屋の家賃を払う為、そしてのぞみの学費を稼ぐ為に、働かなければならなかった。

のぞみもそれが分かっていたから、僕に心配させまいと、そう言ってくれたのだと思う。

そして、実際その通りだった。

「…分かったよ。でも具合が悪くなったら、すぐ戻ってくるんだよ」

「うん、そうする」

のぞみは、素直に頷いた。 

しかし、その日、のぞみが学校を早退してくることはなかった。