今日は我慢しない。

 ……が。

 佐柳がそのフェロモンを使ったところは見たことがない。

 そんなもの必要ない、と言ったほうがいいかもしれない。

 たまに威嚇フェロモン駄々洩れで周囲に自分の強さを誇示するαを見かけるけど、佐柳はそれをまったくすることなく、余裕で生徒会長の座を勝ち取ってしまった。


 私は無意識に漏れそうになったため息を飲み込んだ。



 大盛況のスピーチを終えた佐柳は、私の隣の席に歩いてくる。

 途中目があったので反射的に愛想笑いをすると、佐柳は一点の曇りもない無邪気なニコッを私に返した。


 ――きっとなんの苦労もしてこなかったんだろうな


 運動も勉強も、人付き合いさえ自然とできて、楽しいことだけを考えて生きてきて

 将来に不安を感じることもない。

 生きることに疑問を覚えることもない。

 生徒会長の座だってなんの計算もなく、自然と、当たり前のように手に入れて


 ……イライラする。


 私は笑顔が崩れないように注意しながら、奥歯をギリ、と噛みしめた。