狂気のサクラ

彼と出会ったあの夏から、私は当にどうかしてしまっているのだ。
彼の歪みを証言してくれる人は沢山いる。数々のメッセージ。そして今受信したメッセージこそ確たる証拠になる。
決行の時は今だ。私はやっと藤原悠樹から、あの最低な男から解放される。
もう恨みしか残っていない。
どんどんと湧き上がる強力な負の心。抑えきれない感情に心を突き動かされ、急いで車に乗り込んだ。
アクセルを踏みながら思考を深める。
彼はいつもドアに鍵をかけている。でも大丈夫だ。ちゃんとシュミレーションはできている。
悠樹は私を迎えてから背を向けたまま部屋の奥へ向かう。それからきっと私を抱きしめようとするだろう。私は彼に気付かれないよう台所の果物ナイフを隠し持つ。それは身を守るための行動でなければならない。大丈夫だ。うまくやれる。私はこの賭けに負けてはいけない。負けはしない。
信号の電光が赤く光っている。急に息苦しくなりブレーキを踏む足が震える。眩暈と浮遊感で気が遠くなりそうだ。
彼と出会ったあの夏の日と同じに良く晴れた空は青すぎて気味が悪いくらいだ。
『有楽』の桜の葉は作り物のロウのように不自然に光っている。幾度となく目にしたこの桜。彼を探し求めたこの道。もう彼を探す事はない。今は彼が立ち止まって私を待っていても見つけることができないだろう。
部屋の前まで行く。インターフォンを鳴らす前にドアノブを回してみた。
ガチャリ、静かに音を立ててドアが回った。
開いている。
妙だと思った。