狂気のサクラ

アクセルを踏み込み、またさゆりの家へ行くのは迷惑ではないかと考えながら、北川は何日私が居候しても嫌な顔ひとつしなかったことを思い出した。それどころか心配そうに、いつでもおいでよ、と言っていた。
さゆりが私を大切な友達だと言ってくれるからだ。本当に愛されるというのはそういうことなのだろう。さゆりが北川を選んだ理由が今は分かる気がする。
こんな時、私は近藤に電話をかけてしまう。近藤は痛い言葉も言うけれど、完全に私を否定するわけでもなく話を聞いてくれる。
今日は電話が繋がった。何をしているのか不思議な人だ。
「すぐ部屋に戻らない方がいいと思うからご飯でも行く?」
今の出来事を話すと近藤はそう言った。
何度か訪れたことのある沖縄料理の店で待ち合わせた。私の方が早く着き、駐車場で待っていた。
『もう着くから』
近藤からのメッセージ。受信音が鳴る度に彼ではないかとびくりとする。気がおかしくなりそうなほどに彼からの連絡を切望していた私はどこへいってしまったのだろう。今でも彼が頭の中を占めていることに変わりはない。けれどそれは思い出すのも苦痛な、暗く穢れた闇だ。
コンコン、と窓を叩かれた。近藤だ。ぼうっとしていたのだろう。近藤の車が入ってきたことに気付かなかった。
薄暗くなった空に広がった雲は、見たことのないような紫に染まっていた。