狂気のサクラ

「何しに来たの?勝手に入ってこないで」
低い声が出る。
「お前が鍵くれたんだろ」
「だから返してって言ってるでしょ」
足早に部屋へ入ってきた彼は逆上したように乱暴に私を抱き寄せた。
「やめて」
強い力に逆らえない。
「やめて」
私の声など届いていないように服に手を入れてきた。
強い嫌悪感に大声で叫んだ。
「やめて、助けて」
「本当にもう凛だけだから」
彼はそう言いながら床の上に私を押し倒した。
「あなたのことなんてもう好きじゃないの」
彼の身体を押し返して言った。
「凛は俺の物だから」
彼はそう言って私の首を強く絞めた。
息が、できない。身体が、動かない。私の人生はこんな男に強制終了されてしまうのだろうか。目の端から涙が流れた。
彼は私にキスしてからその手を緩めた。首に手の感覚が残ったまま、おかしな音をたてて喉が酸素を運んだ。浅い息が続く。
危険だ、と本能が訴えている。
私は重なっている彼の腹部を膝で思い切り蹴った。
痛っ、と言い彼の身体が少し仰反った時、這い出るように彼から離れた。
「今井さんのことで怒ってるわけじゃないの。あなたのことなんてもう好きじゃないの」
私はもう一度この言葉を伝えた。
彼は膝をついたまま何も答えなかった。
私は彼を残して部屋を出た。
今に大変なことになる。近藤の言った通りだ。
ミラーに首筋を映すと、左側に少しだけ赤く跡が残っている。背筋がぞくりとした。
もう脅威でしかない彼から逃げ切る地図はどこにあるのだろう。