狂気のサクラ

「電話する。鍵も返してもらわないといけないし」
「うん」
息が苦しい。これは彼に対する拒否の反応だろう。
長くコールしたけれど、彼は電話に出なかった。
「出ない」
さゆりにそう言った時、インターフォンが鳴った。
びくりとしてさゆりと顔を見合わせた。
彼だと思った。
モニターに映る人影。やはり悠樹だ。
「悠樹?」
さゆりの言葉にうん、と答える。
「あたしもいるから大丈夫。ケリつけよ」
「うん」
鍵を開けながら少しだけ指が震える。
ドアを開けると同時に私は声にならない悲鳴を上げた。
「凛?」
さゆりが慌てて出てきた。
ドアの外の彼は額から血を流していた。唇の端にも血が滲んでいる。
「いってぇ」
彼はそう言って肘を押さえた。
さゆりも驚いて言葉を失くしている。
「あの女輩みたいな連中連れて来やがった。お前大丈夫か?」
「う、ん」
「良かった。何事もなく彼女とやり直すなんて許さないからとか言ってたから」
私が返す言葉を探していると彼の電話が鳴った。
あの女だ、と彼は舌打ちをした。
「なに?気済んだだろ。は?分かった、するから。今?家居ないから。かけ直す」
「何て言ってるの?」
「土下座しに来いって」
彼はそう言って深いため息をついた。
何もかもが完璧に近いと思っていた今井がこんなふうに取り乱すとは驚いたけれど、怒りをあらわにエキセントリックになる彼女が少し羨ましくも思えた。
彼女からすれば自分が裏切られた立場なのだ。