狂気のサクラ

彼は今井の傍へ行き、彼女は耳元で何か言ってから階段を降りて行った。私とは面識などないように、1度も視線を合わせることはなかった。その今井が見えなくなったのを確認してから私が先に部屋へ入った。彼もその後をついてきた。
彼はベットに腰掛けたけれど、隣に座る気には到底なれない。しばらく沈黙してから、彼はごめん、と小さく言った。
湧き上がる怒りで自分を失ってしまいそうだ。そんな言葉ですべてがご破算になるはずもない。
「いつから?それで私にバイト辞めさせたの?」
「違う、最近。本当に最近。彼氏とうまくいってないって相談されて」
「自分が別れされたんじゃないの?」
あれだけ美人な今井が『有楽』にいれば普通は心配になるけれど、彼氏がいると聞いていたので今井との色恋はないだろうと安心していた。
「そんなんじゃない」
「今井さん、私とのこと知ってるんでしょ?」
「いや、知らない」
「知らないってどういうこと?」
「だから、向こうは自分がそう、だと思ってる」
「そうって何?自分が彼女だと思ってるってこと?」
「そう、思ってる」
今井は私が彼女だと知っていて彼に近付いたのだと根拠もなく咄嗟に彼を庇護していた自分の馬鹿さ加減に呆れるばかりだ。
「思ってるって、騙してたってこと?」
「まぁ、そうなるけど」
本当に最低な男だ。そんな男をギリギリになっても信じていた私こそどうしようもない女だ。
「何がしたいの?」
だんだん口調も荒くなる。