狂気のサクラ

そしてとても申し訳ない気持ちになった。彼にでなくこの顔も知らないもえという相手にだ。会う事を拒まれ、深く傷付けられたのだろう。こうして手紙を書いたということは連絡さえ拒まれ、直接届けに来たに違いない。
彼が女は整理すると言ったのは、こうしてただ連絡を断つという最低な行為だったのだ。
本当に人の痛みが分からない人間なのだ。
この財布の持ち主はもえではないだろう。逃げられる前に探さなければ。
どこへ行ったのか検討もつかないが、部屋の鍵も開けたまま、車もあるということは遠くまでは行っていないはずだ。
とりあえず部屋を出た。
階段を降りかけた時、少し向こうに彼の姿を見つけた。隣にいたのはやはり女だ。彼は私に気付いたようだが、観念したのかこちらへ歩いてくる。息をするのも苦しいくらいに胸が痛い。身体中が震えているのが分かる。うまく考えがまとまらない。思考回路がショートしそうになるとはまさに今の私。女の顔が確認できる距離まで来た時、私の回路は完全にショートした。
今井だ。
そうだ、あれは今井の車た。
髪が伸び、茶色く染めていたのですぐに気付かなかったが間違いなく『有楽』の今井だ。後ろで束ねた髪から出た後れ毛を細い指で弄り、綺麗な爪は朝日で光っている。胸の開いたシャツから見える白い肌。艶やかな唇。あの頃よりずっと綺麗になっている。