狂気のサクラ

「初めてだな、別々に寝るの」
彼は電話でそう言った。
私が一人暮らしを始めてから、彼が来ない夜は初めてだった。少し寂しいのはやっぱり彼が恋しいからなのだろうか。それとも単純に1人になりたくないからなのだろうか。私はこれまでの時間を無駄にしたくなくて、まだ好きだと言いたいのだろうか。
たとえば彼がいなくても、私は生きていけるのだろうか。
翌日の朝は嫌な気持ちで目覚めた。彼からの連絡はない。
『起きてる?』
朝まで働いていたのならまだ起きているかもしれないと思いメッセージを送る。
『もう寝るところ』
すぐに返事がきた。何かおかしいと感じた。
『ちょっと寄ってもいい?』
『越川が来てるから』
『有楽』のバイトの子の名前を出してきた。嘘だと思った。
出会った頃なら彼の言葉なら何でも受け入れただろう。今は彼が平気で嘘をつく人だと知ってしまった。もしも浮気ならばその証拠を掴みたいとすら思う。
『本当に?』
『本当だって』
メッセージを送った後でしまった、と思った。
私が疑っていると気付かれただろう。とにかく急いで部屋を出た。
急いで行かなければ逃げられてしまう。彼も私が来ると予想しているだろう。
信号待ちがいつも以上に苛々する。
決して遠くないはずの彼の部屋にやっと到着したと思った。駐車場に入った瞬間、その疑いは確信に変わった。
いつも私が停めていた彼の車の隣に軽自動車が停められていた。ボンネットの上に小さなぬいぐるみが置かれていた。持ち主は女で間違いないだろう。
彼の車も停まっているということは部屋にいるはずだ。誰かの駐車場かもしれないざ空いていたスペースに車を停め急いで階段を駆け上がる。