狂気のサクラ

『ちゃんと帰れた？怪我大丈夫？』
思った通り近藤だ。近藤はこうして心配してくれるのに彼は何なのだろう。罪悪は感じていないのだろうか。
「直正くんじゃない」
「じゃあ誰だよ」
苛々したように言った彼に私の方が苛ついた。
「直正くんにこだわるけど、私と付き合ってるって言えばいいじゃん。どうして言えないの？」
「言う必要ないから」
「嘘。女遊びしたいからでしょ？直正くんは悠樹くんが女好きなの良く知ってるみたいだし」
「直正とずいぶん仲が良いんだな」
彼は私を睨んで言った。
「で、結局誰からだよ」
「友達」
「男だろ」
「こんな時間に車から突き落とされて怪我して財布もないのに帰って来れるわけないでしょ」
目に涙が溜まっていくのが分かる。
「それでどっかの男に迎えに来させたのか。本当に男好きだな」
その時、胸の中で何かが弾けた。押さえつけられ、歪になり膨張しすぎた小さな玉がぱりんと壊れ、中から出てきた感情は考える間もなく音になった。
「もう別れる」
大粒の涙が次々と頬を伝う。
これが私の本当の心だったのだろうか。もう分からなくなった。彼を恋しいと思う気持ちに胸は締め付けられていると思っていた。それすら近藤の言っていた錯覚なのだろうか。
彼と会えなくなるのは嫌だった。嫌われたくなかった。この言葉をいつか後悔するのかもしれない。でも耐えきれない私もいたのだ。耐えきれない私が、どんどん大きくなっている。