狂気のサクラ

会計を済ませて店を出た。彼は一度も私に支払いをさせたことはない。彼は学生で私は社会人だ。いくら私が払うと言っても、女にはらわせるわけにはいかない、と強く言い、お前のそういう所好きだから、と頭を撫でる。
そして私はまたときめくのだ。
車に乗り少し走った時だった。私の携帯のメッセージ音が鳴った。
「誰?」
音を切っておけばよかったと思いながら鞄から電話を出して確認する。
『あれからは大丈夫?』
直正だった。彼と直正は頻繁に会っているようだが、私の話は禁句のようにしないと直正から聞かされていた。
「直正?」
彼に勘違かれ、嘘をつけるはずもなく、うんと頷いた。
彼は黙ったまま車を走らせ、信号待ちで止まった瞬間、私の頭を強く叩いた。
「いたっ」
鈍い痛みに声が漏れる。
彼は強引に携帯を取ろうとした。このメッセージを見ればまた揉める原因になるだろう。
「なに?見られたら困るのか。やっぱり直正ともやってるんだろ」
「そんなわけないじゃん」
「降りろよ、汚い」
彼は乗り出してきて助手席のドアを開け、私のシートベルトを外した。
「なんで?」
「降りろ。直正のところ行けばいいだろ」
「そんなんじゃないって。じゃあ見ればいいじゃん」
携帯を渡そうとした時、浮遊感とともに左肩に痛みが走った。