狂気のサクラ

とても驚いた顔で彼はあ、と言ってからドアを静かに閉めた。
「ん?悠樹だった?」
直正はよく見えていないようだったが、間違いなく彼だった。
もう大丈夫です、と言ってから部屋を出た。階段を降りて行く彼が見えた。
フロントでは今井が忙しそうにしていて私には気付いていないようだった。彼は事務所の方へ歩いて行った。急いで追いかける。やっと追い付いたかと思うと事務所の隣の非常口から出て行った。私もその重い扉を開け後を追う。霧のような雨が降っていた。
「悠樹くん」
何度呼びかけても彼は振り返ることなく足早にどんどんと先へ歩いて行く。ゴミ捨て場の前まで来たところで彼はやっと立ち止まった。そして振り返った瞬間、バチンと平手で頭を叩かれた。ジンと痛みが頭部に響いた。
「ごめんなさい」
思いもよらない彼の行動に驚愕し、そう言うしかなかった。
彼は私を睨み、バチンバチンと頬を何度も叩いた。口の中で鉄の味がした。今度は腹部を蹴られてよろめいた時、上からまた頭部を叩かれた。耳鳴りがし、どこが痛いのかもよく分からないが、唇から血が出ているのは分かる。
「ごめんなさい」
こんなに激怒している彼を見るのは初めてで、どうしていいか分からなくなった。
彼は私の髪を掴み、脇腹を蹴った。
「悠樹」
足音がしたかと思うと、直正が彼の手を掴んでいた。
「何してるんだよ」
私と彼の間に入った直正がもう一度いった。
「お前何してるんだよ」