カスミソウのキモチ

「えー? 国立の芸術大学なら、名古屋にもあるでしょー?」

 一緒に夕食の支度をしながら、なにげなぁく進路の話をして東都藝大の名前を出すと、お母さんは首を傾げた。
 
 まずは外堀から埋める作戦。攻略が簡単な、お母さんを味方にするの。

「そうなんだけどぉ……やっぱり東都藝大のほうがレベルは高いしー頑張ってみたくってー……」
「そうね。高いラベルを目指すのはいいことだしねぇ」
「お母さん、ラベルじゃなくてレベルねー」
「あ、間違っちゃったー」

 お母さんって、本当に可愛いなぁ。ラベルだって、ふふふ。
 とりあえず感触は悪くなさそうだから、さらにプッシュすることにした。

「東都藝大ってねー大学祭で大きなお御輿を作るんだってよぉ。1年生だけで作ってーそれを担いでパレードするの。ほらぁ、こんな感じー」
「えー、面白そうー!」

 藝祭の様子をスマホで見せると、お母さんが目を輝かせた。うん、いい感じ。

「藝大ってーいろいろなバックグラウンドを持つ人が集まるからーすっごく人脈が広がるしー」
「うんうん」
「アートプラザっていうのがあってーそこで作品を売ることもできるしー」
「えー、すごーい!」
「2年生はー写生旅行もあるしぃー」
「おぉー!」

 いいぞぉ! よぅし、あとひと押し!

「そしてなんとぉー! 学食の日替わり定食は……税込600えーん!」
「やっすぅーい!」

 さすが、お母さん! テレビショッピングのようなリアクション! ふたりで盛大に拍手をして、藝大の魅力を確認し合った。
 これなら、きっと大丈夫。ここで私は、一番重要なことを切り出すことにした。
 
「それでーもし東都藝大に合格したら、ひとり暮らしになるんだけどぉ……」
「大丈夫よぉ。もしお父さんが反対しても、お母さんが説得してあげるから。真帆は、レベルの高い妖怪さんを描きたいんでしょー?」

 よかった、お母さんは完全に味方になってくれたみたい。レベルが高い妖怪さん……ていうのは、ちょっとよく分からないけど。

 あとは、お父さん……なんだけど、これがまた結構難関なんだよね。
 とてもきっちりしているから、順を追って説明して、具体的かつ説得力のある理由を伝えなきゃいけない。
 
 どうしようかなぁ。藝大に行きたい、藝大じゃないといけない理由を、きちんとプレゼンしなくちゃ。
 うーん。私、なんで藝大に行きたいのかな? 藝大じゃないといけない理由って、なんだろう。

 ていうか、そもそもどうして絵を勉強したいのかな。妖怪を描く技術を上げたい……でも、それがなんになるのかと詰められたら、答えられない。