ステラお姉ちゃんと、ふたりきりの散歩
side:茜
イギリスに来て三日目の朝。
家族みんなで朝ごはんを食べてから、それぞれ予定を立てていた。
「今日はマーケットに行こうかしら」ってお母さん。
「父さんはグランパと車の整備を見に行ってくる」ってお父さん。
咲姉は「おばあちゃんとお菓子作りたい!」って張り切ってたし、葵兄は「宿題やる」なんてつまんないこと言って部屋にこもっちゃった。
……で、私だけ予定が空っぽ。
みんなが散っていったあと、リビングでぽつんと残っていたら——
「Akane?」
振り向くと、ステラお姉ちゃんが玄関に立っていた。
薄い水色のワンピースにカーディガン。長い髪が光を受けてきらきらして、思わず見とれてしまう。
「えっと……ひま?」
「……ひま!」
即答したら、お姉ちゃんがふふっと笑った。
「じゃあ、一緒にお散歩しようか」
* * *
お姉ちゃんと二人で、近所の石畳の道を歩いた。
お花の咲いてるお庭や、赤いポスト。すれ違う人が「Hello!」って声をかけてくるのも新鮮で、胸がわくわくした。
しばらく歩いてから、私は勇気を出して口をひらいた。
「ねぇ、ステラお姉ちゃん」
「ん?」
「……私ね、お姉ちゃんのこと、ずっと知らなかったの。写真も、声も、名前さえも」
「……うん」
「でも、手紙を読んで、会いたいって思ったんだ」
立ち止まった私の言葉を、お姉ちゃんはちゃんと聞いてくれていた。
「……会えて、よかった?」
少し不安そうに聞いてくる声。
その瞬間、胸がじんっと熱くなった。
「よかった! だって、お姉ちゃん、すっごくきれいで、でも優しくて……。それに、笑い方がちょっと葵兄に似てて……。なんか“家族なんだ”ってすぐわかった!」
言い終わったあと、顔が熱くなったけど、もう止まらなかった。
「だから……もっと一緒にいたい! お姉ちゃんのこと、いっぱい知りたい!」
風が通り抜けて、しばらく静かになった。
でも次の瞬間。
ステラお姉ちゃんが、ふっと笑って私の頭をなでてくれた。
「……ありがとう。私もよ。あなたのこと、いっぱい知りたい」
その声があったかくて、泣きそうになった。
——ふたりの夏の散歩道。
なんでもない一日が、すごく特別な宝物になった気がした。
* * *
(その頃、家では……咲姉がステラのアルバムを見つけて大騒ぎし、葵兄はこっそり窓から二人の姿を見ていた——けど、それはまだ、茜は知らない)
双子のひとりごと
side:葵
夜。
客間に戻って、ベッドに寝転がった。
昼間はあんまり顔に出さなかったけど——正直、胸の中はざわざわしてた。
(……あいつ、すげーな)
“ステラ”。
俺と同じ髪、同じ瞳。
でも振る舞いも、言葉も、笑顔も……まるで別の世界に生きてるみたいだった。
「……寝れねぇ」
小さくつぶやいたとき。
コン、コン。
ドアが控えめに叩かれた。
思わず飛び起きて「誰?」と聞くと——
「私よ。入ってもいい?」
……ステラだ。
「……勝手にどうぞ」
わざと素っ気なく答えると、ドアが開いて、白いネグリジェ姿のお姉ちゃんが入ってきた。
月明かりに照らされて、髪が銀色に光って見える。
「眠れないの?」
「……そっちこそ」
ステラは窓辺の椅子に腰を下ろして、外を眺めながら口をひらいた。
「ねぇ、葵。私たち……ほんとに似てるわね」
「……そりゃ双子だからな」
「でもね、会えなかった時間が長すぎて……私、本当に“妹”のままでいいのかなって、少し怖かったの」
その声がやけに素直で、心臓がどきっとした。
俺は思わずつっけんどんに返す。
「勝手に怖がってろよ。俺は……お前のことなんか、もう知らねーし」
「……ふふ。強がってる」
ステラがこっちを見て、やわらかく笑う。
その顔が、妙にむかついた。
「強がってねぇ!」
「じゃあ、素直に言ってみなさいよ。私に会えて、嬉しい?」
ぐっと言葉が詰まる。
……ほんとは、嬉しかった。
でも、それを言葉にしたら、なんか負けた気がする。
俺は視線を逸らして、低くつぶやいた。
「……別に。嫌じゃねーよ」
すると、ステラは立ち上がって、すっと俺の前にしゃがみ込んだ。
そして、子どものころみたいに、俺の頬に手をあてて——
「Welcome back, my brother.(おかえり、私の弟)」
その一言に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「……チッ」
俺は顔をそむけたけど、耳まで真っ赤になってるのは自分でもわかった。
ステラは笑いながら「Good night」と言って、部屋を出ていった。
静かになった部屋で、俺は天井を見上げながら、深いため息をついた。
(……ほんっと、勝てねぇな、あいつには)
side:茜
イギリスに来て三日目の朝。
家族みんなで朝ごはんを食べてから、それぞれ予定を立てていた。
「今日はマーケットに行こうかしら」ってお母さん。
「父さんはグランパと車の整備を見に行ってくる」ってお父さん。
咲姉は「おばあちゃんとお菓子作りたい!」って張り切ってたし、葵兄は「宿題やる」なんてつまんないこと言って部屋にこもっちゃった。
……で、私だけ予定が空っぽ。
みんなが散っていったあと、リビングでぽつんと残っていたら——
「Akane?」
振り向くと、ステラお姉ちゃんが玄関に立っていた。
薄い水色のワンピースにカーディガン。長い髪が光を受けてきらきらして、思わず見とれてしまう。
「えっと……ひま?」
「……ひま!」
即答したら、お姉ちゃんがふふっと笑った。
「じゃあ、一緒にお散歩しようか」
* * *
お姉ちゃんと二人で、近所の石畳の道を歩いた。
お花の咲いてるお庭や、赤いポスト。すれ違う人が「Hello!」って声をかけてくるのも新鮮で、胸がわくわくした。
しばらく歩いてから、私は勇気を出して口をひらいた。
「ねぇ、ステラお姉ちゃん」
「ん?」
「……私ね、お姉ちゃんのこと、ずっと知らなかったの。写真も、声も、名前さえも」
「……うん」
「でも、手紙を読んで、会いたいって思ったんだ」
立ち止まった私の言葉を、お姉ちゃんはちゃんと聞いてくれていた。
「……会えて、よかった?」
少し不安そうに聞いてくる声。
その瞬間、胸がじんっと熱くなった。
「よかった! だって、お姉ちゃん、すっごくきれいで、でも優しくて……。それに、笑い方がちょっと葵兄に似てて……。なんか“家族なんだ”ってすぐわかった!」
言い終わったあと、顔が熱くなったけど、もう止まらなかった。
「だから……もっと一緒にいたい! お姉ちゃんのこと、いっぱい知りたい!」
風が通り抜けて、しばらく静かになった。
でも次の瞬間。
ステラお姉ちゃんが、ふっと笑って私の頭をなでてくれた。
「……ありがとう。私もよ。あなたのこと、いっぱい知りたい」
その声があったかくて、泣きそうになった。
——ふたりの夏の散歩道。
なんでもない一日が、すごく特別な宝物になった気がした。
* * *
(その頃、家では……咲姉がステラのアルバムを見つけて大騒ぎし、葵兄はこっそり窓から二人の姿を見ていた——けど、それはまだ、茜は知らない)
双子のひとりごと
side:葵
夜。
客間に戻って、ベッドに寝転がった。
昼間はあんまり顔に出さなかったけど——正直、胸の中はざわざわしてた。
(……あいつ、すげーな)
“ステラ”。
俺と同じ髪、同じ瞳。
でも振る舞いも、言葉も、笑顔も……まるで別の世界に生きてるみたいだった。
「……寝れねぇ」
小さくつぶやいたとき。
コン、コン。
ドアが控えめに叩かれた。
思わず飛び起きて「誰?」と聞くと——
「私よ。入ってもいい?」
……ステラだ。
「……勝手にどうぞ」
わざと素っ気なく答えると、ドアが開いて、白いネグリジェ姿のお姉ちゃんが入ってきた。
月明かりに照らされて、髪が銀色に光って見える。
「眠れないの?」
「……そっちこそ」
ステラは窓辺の椅子に腰を下ろして、外を眺めながら口をひらいた。
「ねぇ、葵。私たち……ほんとに似てるわね」
「……そりゃ双子だからな」
「でもね、会えなかった時間が長すぎて……私、本当に“妹”のままでいいのかなって、少し怖かったの」
その声がやけに素直で、心臓がどきっとした。
俺は思わずつっけんどんに返す。
「勝手に怖がってろよ。俺は……お前のことなんか、もう知らねーし」
「……ふふ。強がってる」
ステラがこっちを見て、やわらかく笑う。
その顔が、妙にむかついた。
「強がってねぇ!」
「じゃあ、素直に言ってみなさいよ。私に会えて、嬉しい?」
ぐっと言葉が詰まる。
……ほんとは、嬉しかった。
でも、それを言葉にしたら、なんか負けた気がする。
俺は視線を逸らして、低くつぶやいた。
「……別に。嫌じゃねーよ」
すると、ステラは立ち上がって、すっと俺の前にしゃがみ込んだ。
そして、子どものころみたいに、俺の頬に手をあてて——
「Welcome back, my brother.(おかえり、私の弟)」
その一言に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「……チッ」
俺は顔をそむけたけど、耳まで真っ赤になってるのは自分でもわかった。
ステラは笑いながら「Good night」と言って、部屋を出ていった。
静かになった部屋で、俺は天井を見上げながら、深いため息をついた。
(……ほんっと、勝てねぇな、あいつには)



