幻燈ショー ~苦いだけの恋じゃない~

「これ。着替えたら、廊下出て左前の部屋な」


灰色のセットアップジャージを押し付けてきた先生は、謝罪の言葉もなしに、また洗面室を出ていく。


――――はあ?


いやいやいや。普通、声かけと同時にドアを開けるだろうか? 私が既に下着だったらどうする? 今のは、女性に対する気遣いがあってもいい場面だ。


先生を蔑みながらネクタイに手を掛け、ふと、吐き捨てるように『ガキ』と連呼していたモッさんを思い出した。

自分の幼さは自覚している。だから頑張っているんだ。いつも、いつも――。



着替えを済ませると、濡れた制服を抱えて指定された部屋へと向かう。借りておいてなんだが、シャツもジャージもぶかぶかで動きづらい。


「あの……服ありがとうございます」


ドアの隙間から覗き込むように様子を伺い、次の一歩を少し躊躇った。

リビングと呼ぶには殺風景な、でも事務所にしては生活感が濃いような空間。その中で先生は、中央に置かれたコの字型ソファへ腰掛け、テーブルに何枚もの書類を広げていた。


「これ、洗って返しますんで」

「ああ。あとそれ、飲んでいいよ」


先生がクイッと顎でそれ(●●)を示し、同じデザインのマグカップを傾ける。


遠慮がちにソファの端で飲んだマグカップからは、優しい甘さと温かさが流れ込んできた。


「このカフェオレ、先生が淹れてくれたんですよね?」

「そうだけど」

「何か入れてます?」


書類と睨み合っていた先生が、そのままの顔でこちらを見る。


「あっ、変な意味じゃなくて!」

「ハチミツ」