幻燈ショー ~苦いだけの恋じゃない~

「お、話題の人じゃん」


嫌みったらしい低音ボイスから少し遅れて、バタンッ、とドアが閉まる。偶然か拾い損ねただけか、いつもの鈍い開閉音は聞こえなかった。


「喧嘩を買う元気はありませんよ」


返事をしながら身体を起こす。

この人が購買部のポリ袋を提げているのは、初めてかもしれない。


「ここでご飯ですか?」

「榎本は休みだし、今日は長居しても問題ないかと思って」

「もう正体バレてるのに」


一糸先生がタバコを咥えたことで、私の突っ込みは秋風に流された。


夏休み以来の、2人きりの屋上。でも、フェンスに背を預けながら隣で佇むこの人も、この距離間も沈黙も、今ではなんら疎ましくない。


「お前スゲェな」

「ふぁい?」


カフェラテのストロー穴に照準を定めていたせいか、頭上から降ってきた唐突な褒め言葉に、変な声が出た。


「フッ……いや、1年の椎名芙由が王子を落としたって噂だけど」

「嘘でしょ! そこまで話が膨らんでるんですか」


首の可動域限界まで見上げると、一糸先生はブハッと煙玉を吐き出し、顔を背ける。


「……何がおかしいんですか」

「色々と。でもまあ、ありえないよな。つい最近まで元彼のことでビービー泣いてたのに」


認めたくはなかったが、そうですね、と答えるしかない。

この人の前では、既に2度泣いている。私にとってそれは失態で、でも、だからこそ『ありえない』と理解してくれる存在になった。


「ふぅは意外と一途だもんな」