幻燈ショー ~苦いだけの恋じゃない~

「私、私服で来ちゃったんですけど」

「大丈夫だろ、教室棟には(●●●●●)行かないし」


自身のコーヒーを用意した一糸先生が、ワシャワシャと髪を拭きながらコの字ソファの中央へ腰を下ろす。


偶然……だろうか。私服で来た、としか言っていないのに、カンナと鉢合わせる不安まで見透かされている気がする。


思えば、これが初めてじゃない。一糸先生は深く追求しない一方で、私の考えを察している節がある。それこそ、あえて濁している部分の、その理由まで。


私が葛藤しているなんて知る(よし)もない一糸先生は、タオルを脱ぎ捨ててタバコへ火を点けた。


さきほどよりシャキッとしてはいるが、未だにモッさんのまま。黒髪から首筋へと垂れる水滴に目を奪われても、一瞬色気を感じた後には、笑いが込み上げてしまう。


一糸先生のこんなに冴えない姿は、きっと誰も想像すらしない。


「なに?」


変貌ぶりを観察していると、不意に目が合ってしまい、一糸先生が顔を歪ませた。


「あっ、私は何をすればいいのかなぁって」

「これ吸ってからな」


その言葉通り、一糸先生はタバコを消すと同時に、テキパキと指示を出し始める。

優秀な司令塔と従順な小間使いが揃ったことで、気づけば、2時間ほどで荷造りは終了した。




「んじゃ、一旦休憩したら移動な。飲み物のおかわりは?」

「大丈夫です、まだ残ってるんで」

「ぬるいだろ。淹れ直すから待ってろ」


冷房が効いている部屋で作業していたので、さして暑くはない。でも、一糸先生の細やかな気遣いを受け流すには、のどごし爽やかなほうが幾分かマシだった。