〜side 彰久〜


小さい頃。


隣には天使が住んでいた。


明るくて可愛くて小さな、俺だけの紗季。


紗季が笑ってくれると嬉しくて、クラスの男子と遊ぶよりも紗季を優先して遊ぶことが多々あった。


それは放課後、クラスの男子だけで好きな子の話をしていたときだった。


「アキはさきともうチューしたの?」
「エッチ〜。アキはさきとアツアツ!」

ガキ同士のくだらない会話。


でもそれがなんだか恥ずかしくて、



「紗季は可愛くないから好きじゃない」


思ってもいないことを口走った。


可愛くて可愛くて、独り占めしたいくらい好きなのに。


ガタンっと廊下の方で音がして振り向くと、紗季のお気に入りのクマのキーホルダーが着いたランドセルがドアの隙間から見えた。


そして走り去る足音。


「お前らまだ残ってたのか。早く帰れよ〜」


そのタイミングで教室に入った担任に問い詰める。


「先生!紗季、廊下にいなかった?」


「紗季?あぁ、さっき走ってたな。彰久、お前一緒に帰らなくていいのか?」


紗季に聞かれた。


好きじゃない、って。


それから紗季に謝ろうとしても勇気が持てなくて。


小学校、中学校を卒業。


同じ高校に受かっても言葉を交わしたのは片手で数えるほど。


成長した紗季は更に可愛くて、紗季に好意を持ったヤツを秘密裏にことごとく邪魔していった。


「神崎くんって忍者みたい」


「は?」


バスケ部のマネージャーであった柏木は紗季の友人で、俺が紗季を好きなことに気付いてる唯一の人物。


柏木と付き合ってるのではと噂されているが、そんな事実は一切ない。


「隠れてコソコソと紗季に近づく人に威圧するんだもん。堂々と俺の女だ!って言えばいいのに」


「それが出来たら苦労せんわ」


そもそもそれ以前にあの日のことを謝りもしてないのに。


そして現在。


バイトからの帰り道、脇見運転をしていた車に轢かれそうになったが持ち前の身体能力と相手側のブレーキのタイミングが合って大事に至らずに済んだ。


「そんな大事にしなくてよかったのに」


「何言ってるのよ。どれだけ心配したことか!」


病院の個室が用意され母親の小言を受け流す。


でも確かに生きてて良かった。


紗季に気持ちを伝えてからじゃないと死んでも死にきれない。


ベッドに横になりながら「大学とバイト先に事故ったこと知らせなきゃな」ってぼんやり考えていたときだった。


「じゃあお母さん帰るから、彰久はゆっくり……あら、紗季ちゃん!来てくれたのね!彰久!紗季ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ!」


さ、き……?


本物だ。紗季が目の前にいる。


母が紗季に座るようにパイプ椅子を用意するけれど、


「いえ。これ、届けにきただけなんで。食べて。じゃ」


そう言って俺に百貨店のロゴの袋を渡してくる。


待って。このチャンスを失ったらもう2度と紗季と人生が交差しないと思う。


だから俺は当時の、仲の良かった幼馴染の頃のように紗季に振舞った。


当然、紗季は驚いていたけれど。