講義が終わって学生たちの活気で賑やかになる昼休みの学食。
「おい、あれって噂の西宮紗季と神崎彰久だろ?」
「西宮に話かけた男が神崎に絞められたって」
「俺、神崎のバイクで轢かれそうになったって聞いたぞ」
と、男子生徒たちからの怯えたような視線や
「あんな地味な西宮さんのどこがいいんだろう。神崎くんならもっと可愛い子と付き合えるのにね〜」
「神崎くん、西宮さんに弱味握られたんだよ〜。じゃなきゃ西宮さんみたいな人、神崎くんが相手する訳ないって」
と、女子生徒からの陰口混じりの嫉妬の視線。
全ての元凶は今、私の目の前にいるこいつだ。
小学2年生から高校生までやっていたバスケのお影響でニョキニョキ背が伸びた彰久は180センチの高身長で。
おまけに色素の薄いブラウンの髪に綺麗な鼻筋、薄い唇。
輪郭とのバランスが黄金比率のようにパーツが整っていて。所謂、すこぶるモテるのだ。
大学2年になった今も尚、モテ記録を更新していた彰久は同級生、先輩、後輩、それから教員までもがヤツと関係を持ったと噂されている。
幼馴染でもなければ、彰久みたいな人種とは接点なんて一生ないだろう。
「彰久。そんなに見られてたら食べずらい」
「紗季が大口開けてハンバーガー食べてる姿も可愛くて、つい。それにしても、外野がうるせぇな」
彰久がそのアーモンド型の綺麗な瞳でひと睨みすると先程までの雑音がピタリと止んだ。
その怖い程の鋭い瞳には覚えがある。
だってつい1ヶ月前まで、彰久は私にその冷たい視線を向けていたから。
私と彰久の関係は家がお隣で親同士の仲が良かった。
けれど親同士が仲が良いから本人たちが仲良くなるのはまた別の話。
それでも小学5年生くらいまでは仲が良かった。
それが思春期を迎え、お互いが異性だと認識し始めて、私は彰久を幼馴染ではなく恋として好意を寄せていた。
そして彰久も私が好きだと思っていたのけれど、
「紗季は可愛くないから好きじゃない」
そうクラスの男の子に話していたのをたまたま聞いてしまい、そこから私たちは隣人以上幼馴染以下の関係になった。
「さきちゃん、かわいい。おおきくなったら、ぼくのおよめさんになってね」
そうキラキラした顔で笑ったあきひさ少年はもういないんだ、と思っていたのに。
「え、彰久が事故?」
学校から帰宅して母から告げられたのは思いもよらない話だった。
「真美ちゃんから今連絡きてね。幸い大きな怪我ではないけど数日間入院だって。紗季、あんた明日学校休みだし彰久くんのお見舞いに行ってきなさいよ」
「は?嫌だよ。彰久も私の顔なんて見たくないだろうし」
最後に会話したのだって高校3年のときに、バスケ部のマネージャーをしていた友人から「体育館の鍵、閉めるの忘れないで」って伝言を頼まれた、それきり。
お見舞いに行ったところで今更何を話せばいいのか。
「真美ちゃんからも紗季に来てほしいって。はい、これ」
真美ちゃん……彰久のお母さんが書いた手書きのメモには彰久が入院している病院の名前と部屋番号が書かれていた。
ここまでしてもらったのに行かない訳にはいかないか。
これもご近所付き合いだよね。
「……分かった。明日行ってくるよ」
翌日。
彰久へのお見舞いの品を買いに百貨店のデパ地下にやってきた。
甘い焼き菓子にぷるぷるのゼリー、小豆たっぷりのどら焼き。
どれを買っていこうか悩む。
食べ物は普通に食べられるらしいけど。
あいつの好みが分からない。
彰久は何が好きで何が嫌いなのか、幼馴染なんて肩書きだけで私はそんな簡単なことさえ知らないんだな。
とりあえずゼリーのセットを購入して病院へ向かう。
もし嫌いだったら真美ちゃんに食べてもらえばいいよね。
そんなことを思いながら病院の前にたどり着くと急に緊張に襲われる。
いや、だって久々すぎて。
何を話せばいいの?
「怪我は大丈夫?」と聞いたところで彰久は私になんか心配されたくないだろうし。
病室の前で立ち止まること数分。
なかなか開けられずにいると中から扉がガラリと開いた。
「じゃあお母さん帰るから、彰久はゆっくり……あら、紗季ちゃん!来てくれたのね!彰久!紗季ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ!」
「え、紗季?」
目を見開いて驚いている彰久。
ムリもない。まさか私が来るなんて夢にも思っていなかったに違いない。
「紗季ちゃんが来てくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってね」
真美ちゃんが彰久のベットの横に折りたたみ式のパイプ椅子を用意する。
「いえ。これ、届けにきただけなんで。食べて。じゃ」
彰久にさっき買ったばかりのゼリーの詰め合わせを半ば強引に押し付けて病室を出ようとしたとき。
差し出した私の手首を掴み握りしめる彰久。
「紗季。帰っちゃうの?」
捨てられた子犬のような瞳で私を見つめてくる彰久。
この人、一体ダレですか!?
その後、彰久の様子がおかしいと精密検査をしても異常は見当たらなかった。
が、彰久は小学5年までのように、私にべったりな人物に変わってしまった。
どうしてこうなったかは分からない。
他の人には事故前となんら変わらないのに、私にだけは子供時代の彰久に戻っている。
そして退院してからは大学でも私にくっついて離れようとしない。
「紗季〜!いたいた。ってやっぱり神崎くんもここにいたんだ」
昼ごはんを食べ終わって彰久と一緒に次の講義の準備をしていると友人の柏木りおがやってきた。
「りお。どうしたの?」
「紗季、今夜空いてる?飲みいこうよ。私のバイト先の先輩に合コンセッティングしろって頼まれて」
「行かない」
そう私の頭上から聞こえる声。
「あのね、別に神崎くんに聞いてる訳じゃないんだけど」
「行かない。ってか行かせない。紗季には俺以外の男はいらない」
ギュウっと後ろから抱きつく彰久。
小さい頃、
彰久と遊んでお互いの家に帰らなきゃいけないときに彰久がよく「帰りたくない」って、今みたいにギュウって後ろから抱きついてきたな。
「本当に神崎くん、どうしちゃったの?事故以来、紗季にべったりじゃない。付き合ってるの?」
「まさか」
この不可解な現象をどう説明すればいいのか分からず苦笑いしてお茶を濁す。
「まぁ、高校のときもあんたたちが幼馴染だって知って驚いたくらいよ。こんなに仲の悪い幼馴染いるんだなって」
りおはそりゃ驚くよね。
りおはバスケ部のマネージャーで、そして彰久の元カノだったから。
ふたりから付き合ってたって話は聞いたことはない。
でもみんな言っていた。
彰久とりおは付き合ってるって。
りおも彰久の隣にいても劣ることない美女で、当時美男美女カップルと周りが口にしていたのを聞いたことがある。
「あーあ。せっかく先輩が紗季に興味持ってたんだけどなぁ。まぁ束縛激しい旦那の許可が出ないとダメか」
「ちょ、旦那じゃない!」
「そう。まだ旦那じゃない」
まだってなんなのよ。
そもそも私たちは恋人同士でもないのに。
「おい、あれって噂の西宮紗季と神崎彰久だろ?」
「西宮に話かけた男が神崎に絞められたって」
「俺、神崎のバイクで轢かれそうになったって聞いたぞ」
と、男子生徒たちからの怯えたような視線や
「あんな地味な西宮さんのどこがいいんだろう。神崎くんならもっと可愛い子と付き合えるのにね〜」
「神崎くん、西宮さんに弱味握られたんだよ〜。じゃなきゃ西宮さんみたいな人、神崎くんが相手する訳ないって」
と、女子生徒からの陰口混じりの嫉妬の視線。
全ての元凶は今、私の目の前にいるこいつだ。
小学2年生から高校生までやっていたバスケのお影響でニョキニョキ背が伸びた彰久は180センチの高身長で。
おまけに色素の薄いブラウンの髪に綺麗な鼻筋、薄い唇。
輪郭とのバランスが黄金比率のようにパーツが整っていて。所謂、すこぶるモテるのだ。
大学2年になった今も尚、モテ記録を更新していた彰久は同級生、先輩、後輩、それから教員までもがヤツと関係を持ったと噂されている。
幼馴染でもなければ、彰久みたいな人種とは接点なんて一生ないだろう。
「彰久。そんなに見られてたら食べずらい」
「紗季が大口開けてハンバーガー食べてる姿も可愛くて、つい。それにしても、外野がうるせぇな」
彰久がそのアーモンド型の綺麗な瞳でひと睨みすると先程までの雑音がピタリと止んだ。
その怖い程の鋭い瞳には覚えがある。
だってつい1ヶ月前まで、彰久は私にその冷たい視線を向けていたから。
私と彰久の関係は家がお隣で親同士の仲が良かった。
けれど親同士が仲が良いから本人たちが仲良くなるのはまた別の話。
それでも小学5年生くらいまでは仲が良かった。
それが思春期を迎え、お互いが異性だと認識し始めて、私は彰久を幼馴染ではなく恋として好意を寄せていた。
そして彰久も私が好きだと思っていたのけれど、
「紗季は可愛くないから好きじゃない」
そうクラスの男の子に話していたのをたまたま聞いてしまい、そこから私たちは隣人以上幼馴染以下の関係になった。
「さきちゃん、かわいい。おおきくなったら、ぼくのおよめさんになってね」
そうキラキラした顔で笑ったあきひさ少年はもういないんだ、と思っていたのに。
「え、彰久が事故?」
学校から帰宅して母から告げられたのは思いもよらない話だった。
「真美ちゃんから今連絡きてね。幸い大きな怪我ではないけど数日間入院だって。紗季、あんた明日学校休みだし彰久くんのお見舞いに行ってきなさいよ」
「は?嫌だよ。彰久も私の顔なんて見たくないだろうし」
最後に会話したのだって高校3年のときに、バスケ部のマネージャーをしていた友人から「体育館の鍵、閉めるの忘れないで」って伝言を頼まれた、それきり。
お見舞いに行ったところで今更何を話せばいいのか。
「真美ちゃんからも紗季に来てほしいって。はい、これ」
真美ちゃん……彰久のお母さんが書いた手書きのメモには彰久が入院している病院の名前と部屋番号が書かれていた。
ここまでしてもらったのに行かない訳にはいかないか。
これもご近所付き合いだよね。
「……分かった。明日行ってくるよ」
翌日。
彰久へのお見舞いの品を買いに百貨店のデパ地下にやってきた。
甘い焼き菓子にぷるぷるのゼリー、小豆たっぷりのどら焼き。
どれを買っていこうか悩む。
食べ物は普通に食べられるらしいけど。
あいつの好みが分からない。
彰久は何が好きで何が嫌いなのか、幼馴染なんて肩書きだけで私はそんな簡単なことさえ知らないんだな。
とりあえずゼリーのセットを購入して病院へ向かう。
もし嫌いだったら真美ちゃんに食べてもらえばいいよね。
そんなことを思いながら病院の前にたどり着くと急に緊張に襲われる。
いや、だって久々すぎて。
何を話せばいいの?
「怪我は大丈夫?」と聞いたところで彰久は私になんか心配されたくないだろうし。
病室の前で立ち止まること数分。
なかなか開けられずにいると中から扉がガラリと開いた。
「じゃあお母さん帰るから、彰久はゆっくり……あら、紗季ちゃん!来てくれたのね!彰久!紗季ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ!」
「え、紗季?」
目を見開いて驚いている彰久。
ムリもない。まさか私が来るなんて夢にも思っていなかったに違いない。
「紗季ちゃんが来てくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってね」
真美ちゃんが彰久のベットの横に折りたたみ式のパイプ椅子を用意する。
「いえ。これ、届けにきただけなんで。食べて。じゃ」
彰久にさっき買ったばかりのゼリーの詰め合わせを半ば強引に押し付けて病室を出ようとしたとき。
差し出した私の手首を掴み握りしめる彰久。
「紗季。帰っちゃうの?」
捨てられた子犬のような瞳で私を見つめてくる彰久。
この人、一体ダレですか!?
その後、彰久の様子がおかしいと精密検査をしても異常は見当たらなかった。
が、彰久は小学5年までのように、私にべったりな人物に変わってしまった。
どうしてこうなったかは分からない。
他の人には事故前となんら変わらないのに、私にだけは子供時代の彰久に戻っている。
そして退院してからは大学でも私にくっついて離れようとしない。
「紗季〜!いたいた。ってやっぱり神崎くんもここにいたんだ」
昼ごはんを食べ終わって彰久と一緒に次の講義の準備をしていると友人の柏木りおがやってきた。
「りお。どうしたの?」
「紗季、今夜空いてる?飲みいこうよ。私のバイト先の先輩に合コンセッティングしろって頼まれて」
「行かない」
そう私の頭上から聞こえる声。
「あのね、別に神崎くんに聞いてる訳じゃないんだけど」
「行かない。ってか行かせない。紗季には俺以外の男はいらない」
ギュウっと後ろから抱きつく彰久。
小さい頃、
彰久と遊んでお互いの家に帰らなきゃいけないときに彰久がよく「帰りたくない」って、今みたいにギュウって後ろから抱きついてきたな。
「本当に神崎くん、どうしちゃったの?事故以来、紗季にべったりじゃない。付き合ってるの?」
「まさか」
この不可解な現象をどう説明すればいいのか分からず苦笑いしてお茶を濁す。
「まぁ、高校のときもあんたたちが幼馴染だって知って驚いたくらいよ。こんなに仲の悪い幼馴染いるんだなって」
りおはそりゃ驚くよね。
りおはバスケ部のマネージャーで、そして彰久の元カノだったから。
ふたりから付き合ってたって話は聞いたことはない。
でもみんな言っていた。
彰久とりおは付き合ってるって。
りおも彰久の隣にいても劣ることない美女で、当時美男美女カップルと周りが口にしていたのを聞いたことがある。
「あーあ。せっかく先輩が紗季に興味持ってたんだけどなぁ。まぁ束縛激しい旦那の許可が出ないとダメか」
「ちょ、旦那じゃない!」
「そう。まだ旦那じゃない」
まだってなんなのよ。
そもそも私たちは恋人同士でもないのに。


