酸いも甘いも毒までぜんぶ

 16年間住んだ家を急に追い出されて、自分でも気付かないうちに傷付いていたのかもしれない。まだ1時間も経っていないけど。

 ウケんね。1時間経ってないのに、もう屋根のある場所で寝られることが確定したんだ。

 本当に私は運が良い。

「篠原? 早く帰ろ。泣くのはその後ね」

 あ、私の名前知ってるんだ。

 そりゃそうだよな、冷静に考えて名前も知らない人間に泊めたろか、なんて軽々しく言える訳がない。

 いや、でも、ウチはそういうイレギュラーがあったからなあ。懐かしいねえ。

「篠原はさ、何で俺のこと知らなかったの?」

 天宮くんがのんびりと歩く少し後ろをついて行きながら、その答えを探す。

 第一に、高校生になってから男子との関わりがなかったという点。それにしたって、天宮くんはかっこいいから結構噂になってると思うんだけどな。

 そこまで考えて、思い至った。あれだ。私、誰が誰を好きみたいなの知らないタイプだ。

「情弱すぎたからかも」

「情弱?」

「うん、私のSNSとかマジで流行りものが流れてこないんだよね。曲とか、ダンスとか2,3年前のやつが流れてくんの」

「ああ、それはドンマイだわ」

 そう、私は流行りものに疎い。友だちが話していることの3割くらいは大体理解できずに相槌を打っていることが多いのだ。

「それにしたって、俺のこと知らないなんてあるんだな」

 天宮くんはちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべて、私の全財産ともいえるリュックを自分の肩に掛けた。

「やっぱり、天宮くんって有名人なんだね。かっこいいから?」

 リュックを奪い返そうとしながら疑問を投げ掛けてみると、天宮くんはそれを死守しながら、

「そうね。顔がいいのはある」

 と、おどけたように言ってみせる。