父は能登の漆職人の長男として生を受け、幼い頃から家業を継ぐようにと育てられてきた。
加賀百万石文化の中でも、最も華やかな遺産とされる蒔絵・漆芸。
しかし、その伝統工芸を根底で支えているのは、気の遠くなるような作業工程と職人魂である。
ところが、子供の頃から派手好きで、大きな夢ばかり思い描いていた少年には単調な作業の繰り返しが耐えられなかった。
「東京へ行ってビッグになってやる」が口癖だった父は、高校卒業と同時に家出をもくろんだ。
が、当時つき合っていた母から自分の子を身籠ったと聞かされ、その決意は一気に萎えた。
もともと気の小さい男だから、行かないでと泣いてすがる母を振り切ることはできなかった。
家業を継いで結婚したのは、それから間もなくのことだったらしい。
