そんなことを考えながら、座卓の真ん中に置いたコルクの鍋敷きめがけて鍋を下ろそうとした、まさにその時だった。



なんとか卍固めから抜け出した賢が息も絶え絶えに言った。



「ゲホッ、お、おまえ、それでも武道家かっ。

一般人にマジになるなよ、バカ力なんやから。

それもプロレスの技やないか。あぁー死ぬかと思た。

それから……はぁはぁ…これが、例のドタキャン男、噂の豪腕ピッチャー…」



座卓を囲んで、ずっと背を向けていたハイビスカス柄の白いアロハシャツの男が、おもむろにこちらを振り返る。



「井ノ原勇介(イノハラ ユウスケ)くんで…」



その男と目が合った途端、美里の鍋を持つ手がツルリと滑った。



次の瞬間、座卓は一面デミグラスソースの海と化したのだった。