「っ、だって中原」
「はは。どうしたんだよ、そんな怖い顔してさ」
「ねえ野球は? 野球は、どうするの」
声がかすかに震えた。
中原の肩もわずかに揺れたのは、たぶん気のせいじゃない。
私たちが通うのは、割と偏差値が高い私立の高校だ。
中学校の頃から勉強を頑張ってきた人ばかりで、上位大学を目指す生徒が大半である中、赤点をとっても平気で笑い飛ばしていたのは中原くらいだった。
『……先生、また怒ってたけど』
一年生のとき、隣の席だったとき。
中原はいつものようにテストの成績がひとりだけ著しく低いのを先生に怒られたあとで。
あまりにも毎日のように怒られていたから 『大丈夫なの?』と、つい聞いてしまった。
そんな私に、中原はニカッと清々しいまでの笑顔を浮かべて答えたんだ。
『別に、気にしねえ。だって、俺、野球するためだけにここに来たからさ』
私立高校には入学希望者を増やすために部活にも力を入れているところが多い。
うちの高校もそのうちのひとつだった。
なかでも野球部は強豪として有名で、過去には何回も夏の大会の全国出場を果たしている。
彼は、“この高校で野球をする”という、たったそれだけのために中学生の頃必死で勉強をして、それだけのためにここに来たのだと堂々と言ってのけたのだ。
敵わないな、と思った。
熱に染まった瞳、そこに宿るきらきらした輝き、迷いのない言葉。
ずるいくらい、格好よかった。心をまるごと全部持っていかれたような心地がした。
思い出した。
だから、あのとき口が滑ったんだと思う。
『私ね、もう決めてるんだ。卒業したら服飾の勉強ができる、専門学校に行くって』
私の胸のなかで膨らみ続けていた、熱くてキラキラした宝物のような夢を、この人に知っていてほしいと思ってしまったんだ。



