花火(こい)が焦げる香

「あっ!!火月先輩!!」



 野球部のメンバーと合流すると、真っ先に三年生たちが駆け寄ってくる。



「久しぶり、みんな元気してたか?」



 火月先輩は嬉しそうに後輩たちを見渡す。



「火月先輩めっちゃかっこよくなりましたね!」

「先輩が髪生えてる!」

「めっちゃ大学デビューしてんじゃないっすか!前までおしゃれとか全然興味なかったじゃないっすかー?」



 口々に後輩に指摘され、火月先輩は困ったようにあいまいに笑った。



「一年生の子たちは?」

「あ、あのへんに固まってますよ!」



 先輩は指さされたほうをちらっと確認すると、私の手を引く。



「花、俺のこと、一年に紹介して」

「えっ、あ、はい……」



 後輩の顔が見たいという割には二、三年からの絡みをさくっと受け流した火月先輩。
 不思議に思いながらも、一年たちの集まるところに向かう。



「あー!花先輩!その人ってもしかして!!」



 真っ先に私に気が付いた彩ちゃんが、私のもとに駆け寄ってくる。



「一年みんないる?えと……夏原 火月先輩。うちのOBだから、挨拶して」



 私がうながすと、後輩たちは言われた通りすぐ火月先輩に挨拶をしたのだが、なぜかそわそわ。



「何、なんでみんなそわそわして……」

「花」



 私の言葉をさえぎるように、火月先輩が私の名前を呼ぶ。



「足りないでしょ、紹介が」

「ど、どういう意味ですか……」

「ちゃんと紹介してよ、『私の彼氏の火月先輩です』って」

「ちょ!!やっ、やめてください後輩の前でっ……!!」



 突然真っ赤になった私を見て、先輩がくすくす笑う。



「いや、今さらでしょ」



 そう言って、つないでいた手を私の目線までもちあげる。



「!!」



 ここでようやく、後輩たちがそわそわしていた意味が分かった。

 真っ赤になったまま黙り込んでしまった私を見て火月先輩はまた笑うと、一年たちのほうを向く。



「ちゃんとしてるようで、意外と抜けてるから……花のこと、頼むね」



 そう言って首をかしげる火月先輩はすごく大人っぽかった。



「火月ーっ、ポテト買いすぎたから食ってー」



 そう言いながら駆け寄ってきた八木先輩が、火月先輩にポテトの袋を三つほど押し付ける。



「おい全部食いかけじゃねぇか……」

「ポテト好きだろ?火月」

「いや好きだけど……」



 火月先輩はそんなことを言いながらも、ポテトをつまみ出す。

 火月先輩と八木先輩が話すのを聞くともなしに聞いていると、ちょんちょんと私の肩が小突かれる。


 振り向くと、彩ちゃんがニヤニヤしながら立っていた。



「花先輩、これは沼ですね……」

「……なにが」

「花先輩の彼氏が、に決まってるじゃないですかっ!イケメンだし一途とかもう……少女漫画のヒーローじゃないですかっ!」



 大好きなコイバナになって熱弁をふるいだす彩ちゃんを、慌ててなだめる。



「ちょ、恥ずかしいから声のボリューム下げて……!」

「あっ、ごめんなさい、花先輩の彼氏が少女漫画すぎてつい……」



 少女漫画……か。
 確かに普通なら……高校生の火月先輩より、今の火月先輩のほうがモテるんだろうな。

 だけど……。


 うつむきかけた私だったが、突然ドンっと大きな音が響いた。



「あっ!花火!!」



 彩ちゃんの、弾んだ声。

 それにつられて、私も上を向く。



「……きれい……」



 続けざまに、二発、三発と大きな花火があがる。

 その度に、テンションがあがった部員たちはわぁっと盛り上がる。


 花火の音と歓声で喧騒に包まれる中、静かな声がすっと私の耳に飛び込んでくる。



「花、こっち見て」



 私は声にうながされるまま、火月先輩のほうを向く。



「……火月先ぱ――――」

「静かに」



 先輩は、しーっとつぶやきながら、人差し指を唇にあてた。

 先輩は声を出さず、唇だけを動かした。



『きて』



 火月先輩に手を引かれ、私は物音をたてないよう静かにみんなのもとを離れた。

 みんなの姿が見えなくなったことを確認して、火月先輩は口を開く。



「花、俺行きたいところがあるんだ」

「行きたいところ……?」

「そう」


 火月先輩は私を見つめ、ほほえんだ。



「花と一緒に行きたいところ。ついてきてくれる?」



 見惚れてしまうくらい、優しい優しいほほえみ。


 私は無意識にうなずいていた。
 熱に浮かされるみたいに。

 火月先輩への恋心が、私を酔わせる。



「ありがとう」



 火月先輩が私の手を引いて歩き出す。



「花、今日が何の日かわかる?」



 先輩の言葉で、ふいに心臓が高鳴る。

 先輩の顔を見上げると、ぎゅっと手を強く握られる。



「……記念日です」



 私の答えを聞いた瞬間、先輩が嬉しそうにうなずいた。

 二年前の花火大会で、私たちは付き合った。
 私が高校一年生で、火月先輩が高校二年生のとき。

 あれから二年が経って、気づけば私はあのときの火月先輩の年を追い越していた。



「あのときもこうして二人で抜け出した、っていうか俺が連れ出したよね」



 二年前の花火大会。
 その年は野球のみんなといっしょに参加したんだ。

 普段はなんてことないのに、その日はもともと夏バテで万全じゃなかったからか人酔いしてしまって。

 まともに花火も見ずにうつむいていた私に火月先輩が気づいて、手を引いてくれた。



「あのときは、ありがとうございました」

「お礼とかいいから、おかげで花と付き合えてるんだし」



 火月先輩が笑う。

 私の背後で花火のあがる音がしたけれど、そんなのもう目に入らない。

 火月先輩だけをただ見つめていた。
 火月先輩も、私だけを見つめていた。


 永遠にこの時間が続けばいいのにと、心から願った。