side月
眠ることは好きだ。なんでかと言うとこの世界の煩わしいところから目を背けられるから。でも、今日も明日もこの先の未来も朝が来たら起きなくてはいけない。

大学って、前行ったのいつだっけ。せっかく受かってもひたすら家でゲームをする日々が続いている。成績に対する焦燥感に最悪の気分が続きながらも引きこもりを満喫している。本日も薄暗い俺の気分とは正反対なお天気の昼下がりに、食料を調達するためにひさびさの外出をしたとき、向こうから歩いてくる人にとても見覚えがあった。祐斗だった。祐斗は高校からの友達で、同じ大学を受験していた。そっか、そういえばあのことがあってからあいつと全く話してなかった。今度飲みにでも、とまで思っていたが隣で楽しそうに話す人を見てそんな考えはどこか吹っ飛んでしまった。
「女連れかよ…」
気分はこの上なく最悪にまで落ち込んで、体調がいいからどこか行ってみようかと思っていたがそんなことしないでさっさとコンビニで買い物をしてアパートでゲームに専念した。

しばらくした日の朝、重い体に食べたくもない食事を突っ込んでまた布団に戻ってゲームをしようとしたとき、スマホに一件のDMが届いているのに気がついた。
「この世界に絶望している方必見!第二の世界"楽園"で私達と共に最高の移住生活を楽しみませんか?」
よくある詐欺広告だ。でもそれにしては内容が幼稚すぎではないか?"楽園"に移り住むとか子供の空想もいいところだ。馬鹿にしながらも俺はその広告から目が離せなかった。
「最高の生活…」
少しでもこんな生活から抜け出したい。希望も何もない生活よりかは、こんな詐欺に引っかかったほうがましだった。
「騙されてやるか」
添付されているサイトに飛び、メールアドレスと名前を登録した後、気分が良かったので今度こそと日用品を買いに出かけて行った。

side祐斗
楽しそうな笑い声があちこちから聞こえる。大学生になって高校とはうって変わった輝かしい毎日を過ごす僕。とは言っても大学の最初の方はあいつと陰鬱な生活しかしてなかったんだけどな。あのこと。そう、あのことがあってから僕の大学生活、いや人生そのものが大逆転してしまった。一方あいつは陰鬱生活。引きこもってゲーム三昧。全く、大して上手くもないのに呆れるよね。ははっ。いけない、いらないことを考えてしまった。そろそろ周りが帰る時間になり、その2の彼女(と言えるかは怪しいが)に連絡しようとしたら迷惑メールフォルダに一件のメールが来ていることに気づいた。「退屈で平凡な日々を過ごすそこのあなたに必見!毎日ワクワクドキドキが止まらない第二の世界"楽園"で私達と共に最高の移住生活を楽しみませんか?」
なんだこの幼稚な詐欺広告は。小学生でもこんなの信じないぞ?映画の広告か?公開日、キャストのようなものは見当たらないから詐欺か…苦笑しながら削除しようとしてふと指を止める。確かに僕はこの同じような毎日に退屈していた。最初こそこの毎日が楽しくて夢でも見てるのではないかと思ったけど、毎日大学に行って仲間と遊んで彼女に会って帰る。コピーされたような毎日にちょっと、いやかなり退屈だ。
「知ってて送ってきたのか…?」
あのことがよぎり心がざわつくが、久しぶりに高揚感もあった。退屈からの脱却、今よりもさらに。ざわつきよりも高揚感が勝った僕は、メルアドと名前(偽名だが)を登録してその2の彼女と出かけるためにまたアパートを出て行った。

side絵央
私は白沢梨花。高校生でこれでも一応リア充。カースト?知るかよ!今日も「友達」といっしょに登校する…え?梨花って誰かって?ふふーん、考えてみなさいよ。裸足で教室に入ると途端に水浸しになる。笑い声が私の体を刺してもそれでも笑って笑って。
「みんなー?おっはよー!」
うん、これでよし。静まり返ってくれた。夏だったから涼しいしね、ありがとよクラスの猿め。人を見下すことでしか快感を得られない私だけど、やっぱりこの快感からは逃れられないよね。猿どもが私にやるのもめっちゃ分かる。うん。机の中のゴミを「友達」と一緒に取って…あれれ、意識反転。

僕はなぜ学校にいる?朝の記憶がない。しかも教室が静まり返っている。やりやがったな梨花の奴。
『だって絵央が嫌な思いするのは私も嫌だったんだし?別に悪い気はしないでしょ?』
いつものことだ。別に少しすればこの空気もクラスメイト有利に変わる。
僕がいじめられるようになったのは高校に入ってからだった。中学も「梨花」のことでまともに学校に行けず、だいぶハブられていた。高校になれば何かと状況もよくなるかもしれないと思い、学校に通い始めたのはいいものの中学から同じ学校の人が僕の噂を流し、最初はそこそこ友達もできていたにも関わらず、ひと月も経てば今朝のようなことが日常茶飯事、挙げ句の果てには暴力を振るったり物を取られたり立ち位置は最悪なわけだった。梨花はカーストは上の方だし、リア充と言っているが、結局は僕が作り出した妄想に過ぎない。それでも、忌々しい存在でもあった梨花が唯一の相談相手だった。
家に帰ってスマホを見ると、LINEがたくさんきている。見ると、動画投稿サイトのURLがあって飛んで見ると僕が「みんなー?おっはよー!」とか言いながら水を被っている姿。コメントには、「仲良いなぁ」「こんな高校生活過ごしたかった」などなど羨むコメントがたくさんたくさん。
『おっ、見ろよ絵央。私の勇姿だぜ。我を崇め讃えよ!』
どこが勇姿だ。とりあえず送ってきた奴にはリアクションぐらいはしておく。適当にネットサーフィンをしようとLINEのタブを消した時、一件のメールがタイミングよくきていた。
『おーっ、タイミングいいね!今日いい日なんじゃね?ね?見てみよ?』
取り敢えず無視で見てみると、恐ろしいぐらいアホな詐欺メールがきていた。
「生まれ直したい、変えたい変わりたいと思うそこのあなたたち必見!第二の世界"楽園"で私達と共に最高の移住生活を楽しみませんか?」
なんだ。なぜ「あなたたち」と。通常なら「あなた」などとなるはずなのに。人格が二つあることに気づかれている。
『おー、なんて悪質そして幼稚な詐欺メール…さすがの私も呆れ返るぞ、どうせクラスの猿どもが送ってきたんだろうに…って何登録してるの!?』
面白い。騙されてみようか。いいよいいよ僕のことを存分に面白いおもちゃとして扱うがいい、煮るなり焼くなり殺すなり好きにしなされ。
僕らはお前らほど下等ではない。

side 「  」
送信完了。どのくらいの人が協力してくれるのかな?どんな人が私ときてくれるのかな?みんなみんな知ってるよ。あの子たちを取り戻すためには、努力は絶対に惜しまない。