やはり、母は追手から逃げたのだと言う。
望まない結婚――それも、相手は人を喰らうこともする恐ろしい竜だ。
家族や親しい人たちが、逃げた後どうなるのか――どうにも決断できずに今になってしまったが、母にはもう迷う時間は残されていなかった。
――身籠っていたのだ。
「……私……」
「ええ。ただし、相手はジェラルドでも他の人間もありません」
察してはいても、その一言は私の胸を貫く。
そして更に、サミュエルは続けた。
「竜の子。あなたの母君は、竜に見初められておきながら、竜の子と駆け落ちをしたのです。竜があなたに執着するのも頷けるでしょう? 」
・・・
父――私の血の繋がった父と、母がどう出逢ったのかはサミュエルも詳しくは知らなかった。
「ですが、恐らく駆け落ちの途中で会って、逃亡の手助けをしたのでしょう。それが後に結ばれるのだから、人間の愛情とは脆いものだ。相手が竜なら、それは長いこと愛されるのだと思いますよ。喰われなければ、きっと死ぬまでね」
「……それを責める気にはならないわ。そうだとしても、やっぱり父は父で、妹は私の妹よ」
二人は何とか故郷から逃れたが、その時に父――もう一人の父は傷を負っていた。重傷だったのだ。
「罪悪感はあったのでしょう。目の前で死んだ男の妻と娘を奪ったのですから」
(……そうか。だから……)
ステフのところで、最期まで竜の子たちと関わっていたかった――ううん。
「それだけじゃないと思う。父は……お父様は、たとえ何の関係がなくても、あの場所に辿り着いて見て見ぬふりして山を下りたりしない。できる人じゃないもの」
「償えば、罪が消えるわけではない。そんなもの、独りよがりな自己満足です。己を許す理由を与えるだけ。自分に課しているようで、その実自分を甘やかしているだけです」
そうかもしれない。
そうではないといい切れる根拠は、何もない。
「それでも、助かった奴は確実にいる。嘆くばかりで何もしないどころか、女一人殺して満足しようとする奴より余程ましだろ」
「最低さを競うつもりはありませんが、見方によってはどちらが下なのでしょうね。助けておきながら、手をつけた。さて、どちらの罪がより重いやら」
そんな話がしたいのではない。
頭を振ってサミュエルを見つめてみれば、薄く笑っているような声色とは違い、切なげですらある。
「……母と私に逃げられた。それであなたは、罰を受けたのね」
「……正確には、私の家が。代々、その準備をする役目だったので。所詮、どちらの血にも染まりきれない半端者は、仕えるほかに術はなかった」
どんな思いだっただろう。
母も、二人の父も、サミュエルの家族も。
『私の、“もう一人の” お姫様』
妻と、娘と、思っていなかった……?
ううん、そう思ってくれていながら、踏み込めなかったのかな。
「姫さん」
(そうじゃないよね……? )
葛藤があるからこそ、その呼び方にはきっと強い愛情が注がれている。
だって、ウィルも父も、こうしてぎゅっとしてくれるのだから。



