それほど大きな家じゃなかったこともあり、ただ住む分には問題ないくらいの状態になるまで、そうかからなかった。
「まさか今更、狭さに驚いてます? 宿屋よりはましでしょ」
「まさか。寧ろ、ちょうどいいなって思ってた」
確かに、これを屋敷とは呼ばない。
これまで住んでいたものに比べたら狭いし、小さい。
でも――……。
「……いつか、子どもと三人で暮らすには? 」
「…………か、勝手に早々想像して悪かったわね」
否定したり誤魔化したりすることすら、できなかった。
咄嗟にぽろっと言ってしまったように見えて、きっと本当は私自身が否定してしまいたくなかったのだと思う。
将来どころか、現状何をどうしていいのか分からない。
私もウィルも、自分の血が自分ですらよく分からないのだ。
でも、だからこそ。
「“悪かった”と思わせたんなら、それこそ悪かったですね。悪くなんかないですよ、何も。なのに、責任逃れの意気地なしに見えたんなら、すみませんね」
「……どういう拗ね方よ……」
後ろから、耳元で聞こえる笑い声が切ない。
ウィルも自覚があったのだろう。
私が寂しいと思う間を与えず、そっと抱き寄せてくれた。
「あんたは、一度決めたら肝が座りすぎでしょ。……俺はまだ、こんなに怖いってのに。あの男が言ったことで、そこだけは分かる」
「私だって、漠然とした不安はあるわよ。でもそれは、未知なことへの本能的なもので……あなたが竜の子だから芽生えるものじゃない」
「度胸のある姫さんだこと」
掌がお腹に触れて、何だか気まずい。
嫌ではないけれど、胸に触れられるのとはまた別の恥ずかしさがある。
「みんなそう言うけど。幸運だっただけよ」
「……幸運? 」
謎の借金を背負ったこと。
上流階級の世界に馴染めなかったこと。
ずっと落ちこぼれで、恐らく至るところで嘲笑されていたこと。
そうかと思えば、そもそも出自が違ったこと。
そのどこが運がいいのかと、後ろにいるウィルは怪訝な顔をしているのだろう。
(ウィルの馬鹿。何度言えばいいの。ううん、何回だって言ってあげる)
「好きな人が、好きになってくれた。その幸福な安心感があるだけだわ。それをあなたが、勝手に度胸があるなんて表現にするだけ」
ウィルが側にいてくれることを選んでくれた。
好きになってくれて、好きだと隠さずにいてくれる。
その決意こそ、どれほどのものだろう。
「あー、そうですか。どんどん臆病になっていくのは、俺だけですね。もしあんたが身籠って、化け物が腹を破ったらどうしようとか……わりと本気で怯えてるんですけど」
どんな恐怖小説だと吹き出す私に、ウィルは更に不貞腐れる。
「大丈夫よ。絶対そんなことにはならない」
「どっから来る自信ですか。こんな俺を知って、よくそんなことが言える……」
だから、愛さないでいたの。
愛されないようにしていたの……?
でも、もう私はあなたをこんなに愛しているから。
「ウィルだもの。絶対に大丈夫。あなたといたら、私は絶対に幸せにしかならない」
くるりと振り向いたそのまま、彼の唇を奪う。
不意打ちを狙った口づけは上手くいったのに、すぐさま逃げようとしたのは阻まれてしまう。
「……やっぱり、そうだったんですね」
「え……? 」
掃除の後、汚れてしまっていたのか頬を撫でるように拭いて、両方の掌でそっと包む。
そのふんわりとした柔らかさとは対照的に熱を孕んだ瞳から逃げるように、綺麗になった家の中へと目を走らせ――程なくそれも捕まって。
「俺は幸福の竜じゃない。……姫さんに囚えられた、ものすごく幸せな竜の子だ」
――そう囁くともに落ちてくるキスに、抗うことなんかできなかった。



