お荷物令嬢と幸せな竜の子





ふわり、と。
ウィルの香りが僅かに強くなって、ガクンと力が抜けた。


「……この馬鹿」


私の耳に届いた文句は、ただそれだけ。
言いたいことをかなり飲み込んでくれたのだろう、彼らしくなく少しきつめに抱きしめられていた。


「……ごめんなさい。嫌なものは嫌で、だから……」


我儘だ。
出てくる言い訳がすべて、「だって、ウィルが好きだから」に戻ってくるのも。


「いいですか。剣先は、敵に向けるものなんです。……ちゃんと認識してますか。あの男が、あんたを(おびや)かしてるって」

「……そう、だったんだけど」


よく分からなくなってしまった。
だからって、大人しく竜に捧げられるつもりはないけれど、確かに敵というより立場の違いなのかもしれないと。


「……あんたは、やっぱり馬鹿で」

「……う。そんなに何回も言わなくても分かってるわ。だからって、みすみす生贄になるつもりはないし。第一、私はウィルが」


――好き、だから。どうしようもないから。


「……優しすぎる」


唇にウィルの指が触れ、それ以上言えなかった。
別に、優しさから恋愛感情が生まれたわけじゃないと訂正したかったのに、そっと辿るようになぞられて何の音すらも出てこない。


「だから、言わないつもりか。お前が言えないのなら、私が言う。今分かったことを、ユリアーナは知っておくべきだ」

「えっ? 」


背中に回っていた両手が、そっと耳を塞ぐ。
そのまま、より身体が密着して、思わずウィルの胸で目を瞑った。


「知ることで危険な目に遭う。姫さんの場合、知ってしまえば自分から首を突っ込まずにはいられない」

「そうかな。進む先がどこであろうと、ユリはお前の手しか取らん。その自信がないのはお前の方ではないか、若いの」

「分かってないのはそっちだろ、年寄り。手を取ってくれるなら、まだいい。この姫さんはな、誰の手も取らず一人で飛び込むタイプなんだよ。危険なことなら、尚更」


トクトクと鳴るウィルの心臓の音は心地いいけれど、どんどん耳を塞ぐ手の圧が強くなってきた。
おかげで、ドキドキはやや収まってくれた――それはやっぱり残念で、でも、今はそんな時じゃない。


「悪いけど、全部聞いてるから。で、ウィルとステフは、一体何に気づいたの? 」


私を胸に押しつけたまま、深い溜息が上から降ってくる。


「わ、悪かったわね。何も察せなくて……」


サミュエルとの会話を必死で思い返したけれど、特に何も見つけることはできない。
二人ともピンときたことがあるのなら、何かサミュエルの言動の中にヒントがあったんだろうけど――……。


「いや。あんたに察するのは無理だ」

「失礼な。……事実だけど」


本当のことを断言されて、ウィルの手に反発して頭を上げると、彼は切なそうに笑っている。
思っていたのとまったく違う表情に、どうしていいのか分からずにまた俯きかけて――顎が上向いた。


「そうじゃない。どうあっても、無理なんですよ。あんたは人間だから」

「……え」


人間だから、竜の血が流れていないから無理。
それは、つまり――……。


――あの男も、俺と似たようなモノかもしれない。