プレイボール

僕らはグラウンドにあるベンチに座っている。
もうすぐ陽も暮れそうだ。夕焼けが眩しくさえも感じる。

「ふー、やっぱりだめだったわね。まあ仕方ないわね。」
ベンチから立ち上がって玲子さんが明るく僕たちに言う。

そう、僕らは片っ端から、全ての2年生の元野球部員に声を掛けたのだが断られたのだ。
隣で九条さんと仁太が座ったまま地面を見つめている。

甘かった。僕はアンケートを見たじゃないか。こうなってもおかしくはなかったのだ。
事前にそのことをみんなに伝えることをしなかった僕は申し訳なくも感じる。

「あ、あのう、どうしてなんでしょうか。昨年も良い成績だったのに。。」
仁太が地面を見つめたままつぶやく。

「そんなの決まっているじゃない。去年の練習が酷かったからよ。」
当たり前のように玲子さんはいう。

僕は疑問に思う。
確かにアンケートでは練習がきついとか顧問の西村先生への評判は良いものではなかったが、そこまでなのだろうか。
空先輩からもらったノートに書いてあったことといえば、日誌のような出来ごこと対戦結果を分析した結果ばかりで、具体的な練習メニューまで書いていない。

「あのう、どのように練習が酷かったのでしょうか。」
やっぱり気になって僕も玲子さんに尋ねる。

玲子さんに聞いたつもりだったのに、九条さんが顔をあげる。
「あの、西村先生は悪い人ではないんです。ただ、とてもやりにくいっていうか、、
その、空会長のオーダーには答えていました。」
たどたどしく言う九条さんに僕はますます混乱する。

それを察してか玲子さんが補足する。
「つまり、西村先生は一度引き受けたことは必ず責任をとる方なのよ。
昨年は空が西村先生に、先生の才能を野球部に使ってくださいと依頼したのよ。
で、西村先生は引き受けた。結果、部員達は疲弊したけど、おかげで空は実験成功と喜んでいたし、
他の先生からの評価も上がってめでたく、生徒会長となったわけ。
なので、一郎君、あんたの要望も叶えてくれるわよ、きっと。ま、部として認められたらだけどね。」

なるほど。もし玲子さんの言っていることが本当であれば、練習内容はさておき、シニアの佐々木監督も西村先生についてそう評価しているということか。

しばらくして仁太が顔を上げて言う。
「あのさ、九条さんはさ、経験者なんでしょう。つまり、去年も野球部だったと言うことだよね。
どうしてもう一度野球部に入部しようと思ったの?」

「そ、そのう、練習はきつかったけど、大会とか終わって考えてみると、今までやってきた練習内容は理にかなっていたと思ったんです。だ、だから、玲子に誘われたとき、もう一度と思って。。それに、私は練習楽しかったですし。。」
九条さんがそういうと続けて、仁太が口を開く。

「なるほど!じゃあさ、楽しかった練習メニューとか教えてよ!
そういえば、一郎君も毎晩バットとボールを持って練習してるよね?あれはどうなの?楽しい?」

純粋にそう尋ねることができる仁太が羨ましい。きっと仁太は今まで苦しい練習というものを経験したことがないのだろう。
僕はシニアでも、その前からもレギュラーをとるために必死だったときのことを思い出す。
「そうだな、僕のポジションはピッチャーだ。ピッチャーは足腰を鍛えないといけないし、体力も必要だから毎日投げ込んでいるし、
バットを振っているのも同じ理由。ピッチャーであっても打席は回ってくるから。」
そう言ってから僕は不安に駆られる。今までは佐々木監督がいて、厳しい練習メニューを課してくれた。けれど今は自主練習ばかりだ。自分に甘すぎないか心配になってくる。

「なるほど!足腰を鍛えて、体力を作るために毎日ランニングして、ピッチングして素振りをしているんだね。じゃあ、九条さんはどうなの?そういえばポジションはどこなの?」
仁太が続けて問う。

「わ、私は西村先生から渡された野球の問題集を解いていた。とても楽しかったし、実践で活かせた時は感動して。。」
そう九条さんが言う。僕はそれに対して疑問を投げかける。
「問題集というのは、どういうものなのでしょうか?トレーニングとかはなかったのでしょか。」

「トレーニングもありました。けれど私にはあまり合わなかったようで。。」
そういう九条さんにますます混乱する。
それを察したのか九条さんは困った顔で玲子さんを見つめる。
どうやら九条さんは少しコミュニケーションを取るのが苦手なタイプのようだ。

玲子さんは九条さんのSOSを受け取ったのか、づづきを話しだす。
「ようは、西村先生は九条にはひたすら問題集を解かせていたわけ。
私は当時は野球部じゃなかったから詳しくないからわからないけれど、
想定問題集のようだったわ。ノーアウトランナー1塁の時はどうとか。そういうのよ。」
なるほど、それを聞いて僕はようやく理解する。野球のルール・基本を徹底的に頭に叩き込ませたのか。
関心していると、今度は仁太が混乱した様子で僕たちをみる。
「へ、、ノーアウトって?1塁ってなんだけっけ?」

玲子さんは眉間にしわを寄せていう。
「言っとくけど、私も野球に関しては素人よ。でもこれだったら私の方があんたより詳しい人みたいじゃん。」

そうだった。仁太も初心者なんだった。
僕はさきが思いやられた気持ちで落ち込む。
それを察してか玲子さんが続ける。
「一郎君、大丈夫よ。仁太、あんたは素人だけど、素質はありそう。そして九条をみくびらない方がいいわ。これでも経験者で地区大会の準優勝までいっている。むしろ一郎君、あんたの実力の方が心配くらいよ。」

本当は僕だってシニアでは大活躍したんだと大声で叫びたいくらいだが、今はそんなことどうでもいい。
とにかく人数を集めて甲子園を目指せるかどうかという判断をしたい。
場合によってはやっぱり転校することも頭をよぎる。

僕は苦々しい思いで言葉を綴る。
「とにかく、あと2人人数を確保しないと、西村先生を説得されることは無理です。
2年生はダメでしたので、1年生をあたりたいと思うのですが。」

できるだけ早口にならないよう、冷静を装いながらいうと、仁太と玲子さんが同時に僕をみる。
「それは大丈夫だ」自身満々に仁太がいう。
玲子さんはさきを越されたのか仁太を見て頷く。

「何か算段でもあるのでしょうか。」
僕が尋ねると玲子さんがいう。

「あのさ、昨日から思ってたんだけど、ここで役割をはっきりさせるわ。
人には適材・適所というのがあるものよ。
一郎君、あなたは野球部の創設者、西村先生とのコンタクトの中心になってもらうわ。
ただしキャプテンには向いていない。そもそもピッチャーなんだからキャプテンというよりエースになってもらうわ。
その方が好都合。
九条、あんたは想定問題集が面白かったのでしょう。だったらその中でもとびきり面白い問題を3つほどピックアップして教えてちょうだい。
仁太、あんたは素人だけどアイデアはありそう、戦略家ね。人集めに協力してもらう。
九条からもらった問題をいい形にして宣伝してちょうだい。
因みにみなさん、忘れているようだけど、私はあくまでマネージャー。世間で言うマネージャーがどう言うものか知らないけど、
マネジメントをさせてもらう。お茶だしなんかをやるためにマネージャーを立候補したわけではないわ。」

そう言って玲子さんは僕たちを左から右へ睨みつける。
僕は彼女のその堂々とした態度に呆気に取られる。確かに生徒会室で出会った時から玲子さんは堂々としていたが、ここまでとは思わなかったし、隣をみると九条さんは目を輝かせて頷いている。仁太も納得の様子だ。
僕もそれに倣って頷いてみせた。

「では、決まりね。月曜日の放課後、またここで集まりしょう。!」
そう玲子さんが言ってこの場は解散になった。

僕はすごい人をマネージャーに招いたのではないかと思いながら寮まで1人で歩く。
仁太は九条さんと続きがあるからと2人で図書室へ行ってしまった。
僕も手伝おうかと言ったら玲子さんに止められた。さっきの役割をもう一度言わせないで、だそうだ。

土曜日の夜、僕は少しだけいつもより穏やかだ。いつもより早めに日課の素振りとピッチングを済ませてスマホをとりに行く。
寮母さんから受け取ってメールボックスを開くと、ひよりからのメッセージが届いていた。

お兄ちゃん
今日はね、半田さんに掛け算を教えてもらったよ。
どの数字に1を掛けても、その数字しかならないのに、2をかけると2倍、3をかけると3倍になるの。
知ってる?9✖️1は9だけど、9✖️2は18なんだよ。

半田さんはなんでも知ってるんだ。
お兄ちゃんも数学がよくできるって言ってたよ。今度ひよりにも教えてね。

ひより。


一通りメールを読んで僕は思う。
ひよりももう、小学校2年生か。早いのか遅いのか。
ほとんどひよりと会ったことがないのに、僕にいつも優しい言葉をかけてくれるのだ。
兄バカなのかもしれないが、ひよりのためだったらなんでもできそうな気がしてならない。

ひよりへ
勉強頑張ってるんだな。体調、無理だけはするなよ。

僕はそれだけを打って送信する。
本当はもっと色々話したい。だけどなんだかそれすら申し訳なく感じるのだ。
刺激して壊したくないそんな、シャボン玉のような存在。
大切に、大切に、、そう思ってしまうのだ。

僕は早々にスマホを寮母室へ返しに行って部屋へ戻る。
どう部屋の三ちゃんと吾郎が黙々と勉強している。
僕も倣って勉強机に向かう。薄々気づいてはいる。この学校は特殊だ。
なんでも自主性が重んじられるだが、普通は楽しようとかサボる人いるはずだ。
なのにこの学校はサボるどころか、自習はするし勉強もよくできる。
本当に環境に恵まれているんだなと思う。
一度も気にしなかったが、一体、学費にいくら使っているのだろう。
僕なんかにお金を使うくらいなら、ひよりに全部使えばいいのに。
そう思わずにはいられない。
僕はそんなことを考えながら数学を解いていく。

倍数か。掛け算を考えた人物はどんな人だったのだろうか。
一つずつ数を数えるのが億劫になったのか。それとももっと早く大きな数字を知りたかったのかな。
僕も、もっと早く甲子園に行きたい。人数を集めて、練習をして、、これらを一つずつクリアするのもいいけれど、もっと、もっと早くならないものか。。
そんなことを考えながら黙々と数学を解く。

同部屋3人ともなにも喋らないがこれが心地よい。僕はこんな環境で、幸せになっていいのだろうか。
土曜日の夜、結局最後までそんなことを考えながら眠りについた。