「どこまで行きましょう」
「観覧車乗りたいんです」
「えっ、観覧車ですか」
「はい」
「市内にもありますけどね」
「乗ったことあるので、初めての場所がいいんです」
「観覧車?」
名鉄線山王駅の付近だった
女性のお客様を乗車させた
黄昏染まる朱の空が鮮やかで、その人の羽織る緑のロングコートは色彩を烈に放っていて、人物の存在を一層際立たせていた
長い睫毛が印象的な女性で、気高さを漂わせるバッグを手にしていた
正確に判別できる博識に欠けていて推測の域を出なかったが、クロコダイルだろうか?
彼女の要望に応えるため、幾つか候補地の固有名詞を上げて意見を交わした
刈谷にある観覧車を行く先として決定した
其処は伊勢湾岸道のパーキングエリアで、一般道からも利用できるドライブスポットだった
「では向かいますね」
「はい、お願いします」
「お客様どちらから来られたのですか」
「三重県です。津市なんです」
「そうですか」
「ええ、たまに名古屋まで遊びに来るんです。気が向いたらですけど」
「そうですか、一時間くらいですか」
「はい」
「観覧車、好きなんですか」
「ええ、愛知も観覧車多いでしょう」
「そうみたいですね。さっき調べたら13ヶ所でしたね。いやー地元なのにそんなに沢山、知らなかったなあ」
「気に掛けること、普通ないですよね」
「あはは、そうですね」
「観覧車が好きと言うよりは風景が好きなんです。当然ですけど眺めが違うでしょ。だから一度乗ったことのある観覧車ではなくて初めての観覧車に乗る。愛知県制覇してみようと思って」
「いいですね。三重県にもありますよね。観覧車」
「そうね、有名なテーマパークもあるし」
「ああ、ナガシマに」
「乗ったことないの」
2人で相談して目的地を決めたから妙な紐帯が生まれたのだろうか、思いの外会話が弾んだ
およそ35分のドライブはあっという間だった
駐車場の一枠に車両を駐車して5,000円を受け取った
お釣りを用意している最中で、
「楽しかったです。ありがとうございます」
その人は右手を私の腕に当てて釣銭の行く宛を阻んだ
「ありがとうございます」
しばらく微笑みを交わして、
「一緒に乗りませんか。観覧車」
嬉しかった
「流石に仕事中なので、すいません。ありがとうございます」
「そうですよね。ごめんなさい」
「いえ。またの機会でしたら」
「はい」
連絡先を交換した
コルクという名だった
彼女の後姿を見送った
梅が、紅梅色の梅の花が咲いていて、その趣きを通り過ぎる深緑の外套と鼠色の鰐鞄の風景は、思いのほか溶合いの塩梅だった
#HAMIRU
#ハミル
#コルク
#ミステリH
#20250211



