玉響の花霞    弍

スリッパを出そうとしてくれていた
筒井さんを慌てて止めると、
私の目の前に来てくれた。


さっきまで大丈夫、大丈夫と言って
ここまで来たのに、いざ目の前に
すると心臓が破裂しそうなほど
ドクドクと煩く、静かな空間で
目の前の筒井さんに聞こえて
しまいそうだったから深呼吸をして
ニコッと笑ってみた。



『‥お前‥‥‥何しに来たんだ?
 まさか髪でも切って俺に見せに
 来たわけじゃないだろ?』


ドクン


冷たく低い声色に、心臓が押しつぶされ
そうになるものの、自分がここに来た
理由を思い出し、下を向くのは辞めた


「明日の天気は雨だったので、
 その‥出掛ける時は傘をちゃんと
 持って出かけてくださいね。
 午後からは晴れるみたいなので‥‥
 ‥‥ただ‥それだけ‥です。」


『‥‥‥‥』


一瞬筒井さんの瞳が大きく開かれた
気がしたけど、もう一度丁寧に
お辞儀をしてから笑顔を見せた


筒井さんとの最後の会話が、
あんな悲しくて寂しいもので
終わらせたくなかった。


どうでもいい事を言いにきた
バカなヤツがいたって記憶に
残ってもらえるくらいの方がいいって‥


沢山困らせて苦しめてきたからこそ、
私はもう前を向いて大丈夫という姿を
笑顔で伝えたかった。


「筒井さん、連絡もなしに訪ねて
 しまってすみません、帰ります。
 お体大切にされてください。
 失礼します。」


背中を向けてドアノブに手をかけると、
今度こそもう来ることのないこの場所に
心の中でしっかりと別れを告げた


ガチャ バタン


あっ‥‥嘘‥‥もしかして雨?


ポツポツとゆっくり地面を
濡らしていく雨に、傘を持ってないのは
私の方じゃないかと笑えてしまう


エレベーターでエントランスまで行くと
パラパラと降る空を見つめた


これなら駅までなんとか走れそうだな‥
途中に確かコンビニがあったから
そこで傘を買えばいいから‥


鞄を腕に抱え、そこから
一気に走ろうとした瞬間、
思いっきり後ろから腕を引っ張られた



『お前何してるんだよ‥‥』


「ッ!!!」


1番聞きたい声だけど、
今聞いたら1番泣きそうにもなる声に
胸がとても苦しくなる


力強くまたマンションの軒下に
連れてこられると、掴んでいた
腕を離されたものの筒井さんを
見ることが出来ない


なんで‥‥追いかけて来たんだろう。
おかしな事を言いにきた私を
まさか叱りにでも来たとか?


「あ、あの‥‥私」


『タクシーで帰れ。今呼ぶから。』


「えっ!?‥だ、大丈夫です。
 小雨ですしこんなの慣れてますから」


『フッ‥‥。雨の中走って帰って
 風邪を引いたヤツに言われたくない。
 いいから言うことを聞け。』


ドクン