蒼はお気に入りの席に腰かけるとトレイをテーブルの上に置き、ワイシャツの胸ポケットからスマホを取り出す。ゲーム内での日課をこなすためだ。
少し行儀は良くないが、このカフェで朝食を取りながら日課を終わらせるのもルーティンの一つ。
もちろんジャンルにもよるが、大抵のアプリゲームには日課となるクエストが存在し、中身を少し変えただけのイベントが定期的に繰り返されている。その為か初めのうちは目新しさに夢中になるが、慣れた頃には飽きてくるのが常だ。
しかしこのゲームにはチャット機能が付いているのが特徴。それがこのゲームを続けている理由を大きく占めていると言っても過言ではない。
以前ならユーザー同士でメッセージを気軽にやり取りできるゲームはたくさんあったように思うが、近年はユーザー同士のトラブルが多いせいかそのような機能を備えた国内向けのアプリゲームは減ったように感じる。
ユーザーの若年化も要因の一つかもしれないが、画面の向こう側には人間がいて心を持っていることを忘れている人間が多いように思うのだ。
蒼はいつものように日課のクエストをこなすためにオンラインゲームにログインする。いがみ合ったところでゲームは楽しくないのにと思いながら。
ギルドのメンバーにいつものように軽口を叩き、日課を始めようとしたところで影が差す。覗かれて困るようなものでもないが、反射的に体が動いた。
蒼が背後に視線を向ければ、例の店員藤城が立っている。険しい表情をして。
音漏れでもしていただろうかと思いスマホの画面を下方向にスライドするが、ちゃんとサイレントモードになっている。
とすると、店内ではスマホの使用は禁止だったろうか?
──そんな、バカな……。
「あの……?」
蒼はおずおずと藤城に声をかける。すると彼女はハッとしたように蒼に視線を移し笑顔向けた。不自然極まりない。
そして彼女の手には珈琲の無料チケット。
「こちら、皆さんにお配りしているのでもし良かったら使ってください」
悔しいくらいに美しい営業スマイル。自分のことはただの常連客くらいにしか思っていないのだろうなと蒼は心の中で落胆する。
それにしても先ほどの表情は何だったのだろうか。気になりつつも、蒼には礼を述べるのが精一杯だった。
日課どころでなくなってしまった蒼は、今しがた受け取った無料券を眺める。ここは我が社の社員がよく利用する場所であり、外部からの客も入店することが出来るカフェ。駅から近いこともあり、どちらかと言えば客足は多い方だ。それなのに、わざわざ無料券を配る理由が気になったからである。
とは言え、店側の事情を知らない自分が考えたところでわかるはずもない。
「やめだ、やめ」
考えることを放棄した蒼は、再びスマホの画面目に視線を戻す。今からでは日課をこなすのは大変そうだ。仕方ないので日課は後回しにしてサーバー全体向けのチャットへアクセスする。
──この時間はいるわけないか。
蒼には最近ゲーム内に気になる相手がいた。だからと言って、恋愛感情というような甘いものではなく、以前は喧嘩ばかりしていた相手とあることがきっかけで仲良くなったからだ。人間とは不思議なもので、それまでどんなに仲が悪かったとしても、一度心を許してしまうと心地よい関係に変化する。
むしろ、仲が悪かっただけに特別に感じてしまうものなのだと思った。そして一度意気投合してしまうとどこまでも相性が良い気さえしてしまっている。
──どうかしているよな。
心の中で呟いて蒼は頬杖をついた。以前は嫌悪さえ抱く瞬間だってあったはずなのに、今ではその相手がログインするのを心待ちにしてしまっている事実。それでも恋愛感情でないと思うのは、相手が男なのか女なのか分からないからだ。少なくとも、自分がその相手に抱く感情はこのカフェ店員の【藤城】へとは違うものだと感じていたのだった。
少し行儀は良くないが、このカフェで朝食を取りながら日課を終わらせるのもルーティンの一つ。
もちろんジャンルにもよるが、大抵のアプリゲームには日課となるクエストが存在し、中身を少し変えただけのイベントが定期的に繰り返されている。その為か初めのうちは目新しさに夢中になるが、慣れた頃には飽きてくるのが常だ。
しかしこのゲームにはチャット機能が付いているのが特徴。それがこのゲームを続けている理由を大きく占めていると言っても過言ではない。
以前ならユーザー同士でメッセージを気軽にやり取りできるゲームはたくさんあったように思うが、近年はユーザー同士のトラブルが多いせいかそのような機能を備えた国内向けのアプリゲームは減ったように感じる。
ユーザーの若年化も要因の一つかもしれないが、画面の向こう側には人間がいて心を持っていることを忘れている人間が多いように思うのだ。
蒼はいつものように日課のクエストをこなすためにオンラインゲームにログインする。いがみ合ったところでゲームは楽しくないのにと思いながら。
ギルドのメンバーにいつものように軽口を叩き、日課を始めようとしたところで影が差す。覗かれて困るようなものでもないが、反射的に体が動いた。
蒼が背後に視線を向ければ、例の店員藤城が立っている。険しい表情をして。
音漏れでもしていただろうかと思いスマホの画面を下方向にスライドするが、ちゃんとサイレントモードになっている。
とすると、店内ではスマホの使用は禁止だったろうか?
──そんな、バカな……。
「あの……?」
蒼はおずおずと藤城に声をかける。すると彼女はハッとしたように蒼に視線を移し笑顔向けた。不自然極まりない。
そして彼女の手には珈琲の無料チケット。
「こちら、皆さんにお配りしているのでもし良かったら使ってください」
悔しいくらいに美しい営業スマイル。自分のことはただの常連客くらいにしか思っていないのだろうなと蒼は心の中で落胆する。
それにしても先ほどの表情は何だったのだろうか。気になりつつも、蒼には礼を述べるのが精一杯だった。
日課どころでなくなってしまった蒼は、今しがた受け取った無料券を眺める。ここは我が社の社員がよく利用する場所であり、外部からの客も入店することが出来るカフェ。駅から近いこともあり、どちらかと言えば客足は多い方だ。それなのに、わざわざ無料券を配る理由が気になったからである。
とは言え、店側の事情を知らない自分が考えたところでわかるはずもない。
「やめだ、やめ」
考えることを放棄した蒼は、再びスマホの画面目に視線を戻す。今からでは日課をこなすのは大変そうだ。仕方ないので日課は後回しにしてサーバー全体向けのチャットへアクセスする。
──この時間はいるわけないか。
蒼には最近ゲーム内に気になる相手がいた。だからと言って、恋愛感情というような甘いものではなく、以前は喧嘩ばかりしていた相手とあることがきっかけで仲良くなったからだ。人間とは不思議なもので、それまでどんなに仲が悪かったとしても、一度心を許してしまうと心地よい関係に変化する。
むしろ、仲が悪かっただけに特別に感じてしまうものなのだと思った。そして一度意気投合してしまうとどこまでも相性が良い気さえしてしまっている。
──どうかしているよな。
心の中で呟いて蒼は頬杖をついた。以前は嫌悪さえ抱く瞬間だってあったはずなのに、今ではその相手がログインするのを心待ちにしてしまっている事実。それでも恋愛感情でないと思うのは、相手が男なのか女なのか分からないからだ。少なくとも、自分がその相手に抱く感情はこのカフェ店員の【藤城】へとは違うものだと感じていたのだった。
