おしゃべりな家庭科室で。

 鍋から視線を逸らしつつ思う。
 栗谷くんは、きっと自分に自信があるんだろうね。
 自分はイケメンでよく告白されるから、自分に興味のない女子は珍しいって思ってるんでしょ。
 はー、いいご身分だよねえ。
 自分は隣の席の地味な女子(わたし)をからかって楽しんでるくせに。
 性格は悪いくせに。

 はっ、それとも……。
 自分に興味を持たない女子がいることが許せないとか?
 そうだとしたら、性格だいぶ終わってない?
 やだな……。そんな人と絶対に関わりたくないんだけど。

「なんだよ。にらむなよ」
「べつに」
「にらんでるだろ」
「逆に、わたしはあなたをにらむ理由、たくさんあるんだけど」
「あっ、お湯が沸騰してた」

 栗谷くんはそういうと、鍋の火を弱めた。
 都合が悪くなったからって……。 

 わたしはため息をついて椅子に座る。

 栗谷くんも面倒だけど。
 この食材の声が聞こえる能力も、かなり面倒だ。
 わたしはこのおかしな能力を、どうにかして消したいと思っている。
 だって、この能力があるせいで……。

 ご飯いつもよりも、ずっとずっと美味しいんだよ!

 普通に考えれば、食材の声が聞こえたら食欲がなくなりそうだ。
 だけど、わたしはいつも通りご飯を平らげてしまう。
 それどころか声が聞こえるようになってから、いつもよりおいしく感じるのだ。
 これじゃあダイエットにならない!

 だからわたしはこのおかしな能力を、逆に利用することにした。
 母の料理を手伝い、食材の声を聞く。
 そうすれば絶対にご飯なんか食べたくなくなるはず。
 でも、それは大間違いだった。

【あなた、ダイエットしてるんですって? お母さんがいってたわよ】
【えっ?! うそでしょ? 残したら絶対に許さない!】
【そーよそーよ! 今日のカレーライスを残したらわたしたちじゃがいも三姉妹が化けて出るわよ!】
【にんじんのおれもだまっちゃいねーぞ】

 野菜たちも肉たちも、みんなわたしがダイエットをすること知っていた。
 それだけじゃなく、残すなと騒ぎ立てる。
 この口調だと、本当に恨まれそうだ。

 ちなみに、食材は全部日本産というわけではないのに全部日本語に聞こえるのは、【食材に言葉の壁なんてないのよ】とブラジル産の鶏肉がいっていた。
 ぜんぜん説明になっていない。 

 そういうわけで、しかたなくできあがったカレーライスを口に運んだ。
 食材たちは、料理になるとしゃべらなくなる。
 
 カレーライスを食べた途端、口の中にスパイスの香り辛みと野菜のうまみが広がる。
 それと同時に、体中が幸せな気持ちに包まれた。
 こんな幸福感は生まれて初めてだった。

 これは食材たちが料理になって食べてもらえたという喜びだ。
 そう感じた。
 だからわたしは、気づけばカレーをきれいに完食していた。

 こんな感じで調理前の食材の脅しと、それから食べた時の幸福感がくせになり、食べる量はぜんぜん減っていない。
 それどころか以前よりも食べる量が増えた気さえする。