おしゃべりな家庭科室で。

 授業が終わって、家庭科室からの帰り道。

「紗藤」

 廊下でそういって、わたしを呼び止めたのは栗谷くん。
 いっしょに歩いていた麗は、「あっ、わたし、急にトイレってゆーか、用事ってゆーか思い出しちゃったー」と走り去った。
 全力で気をつかってくれている。

「なに?」

 わたしは努めて冷静に栗谷くんに聞く。

「いや、大したことじゃないんだけど……」

 栗谷くんはそういうと、右手に持っていた透明の袋を差し出してくる。
 ほんのりと漂う甘い香り。

「これ、やる」
「え?」

 袋にはたくさんのクッキーが入っていた。
 もしかして、さっき作ったクッキー?

「いや、その、たくさん作ったし、それに、おいしくできたから」

 栗谷くんはそれだけいうと、わたしにクッキーを押し付けるようにして立ち去ろうとする。

「あっ、まって!」

 わたしがそういうと、栗谷くんはこっちを振り返る。
 ついつい呼び止めてしまったけれど……。
 行かないで、という気持ちだけでなにを話すか決めてなかった。

 わたしは少しだけ考えてから、ふと思い出す。
 ポケットから袋を取り出す。
 そこには、硬いクッキーが三個。

「あの、じゃあ、これ。わたしと、麗がつくったんだけど。食べる?」
「へぇ。かわいいじゃん。ありがと」

 栗屋くんがそういってにこっと笑う。
 それから袋をガサガサして、一個をかじる。

 わたしが、「あっ、気をつけて」といった時には既に遅かった。
 カコッという音が静かな廊下に響く。

「かってぇ……」

 栗谷くんは苦笑いをする。

「ああ、いいよ。無理しなくて。歯が折れちゃうかも」
「いや、おれ、歯はかなり丈夫だから」

 栗谷くんはそれだけいうと、クッキーをかじる。
 ボリボリと咀嚼し、うーんと考えこむ栗谷くん。
 それから一言。

「かなり甘いな」
「だよね」
「でも、面白い味だな」

 栗谷くんはそういって笑った。
 その笑顔にドキドキしてしまう。
 ついつい見とれてしまう。
 すると栗谷くんはこういった。

「おれのクッキーは、おれが見てないところで食べて」
「えっ? なんで?」
「……いいから!」

 栗谷くんはそういうと、「じゃあ」とだけいって立ち去った。
 再び廊下が静かになる。
 まるで嵐が過ぎ去ったようだ。