おしゃべりな家庭科室で。

 確かにわたしは、栗屋くんを見ている。

 そう気づいたのは、放課後になった直後だった。
 麗にいわれたから、意識しているだけかもしれないけど。 
 でも、確かに目で追っている。
 そう思って見ないようしていると……。

「紗藤」

 その声に顔を上げる。
 もう声でだれなのかわかってしまう。
 ドキリとする。

 栗屋くんがわたしの目の前に立っていた。
 なぜだか妙にカッコいい。
 わたし、疲れてる?
 栗屋くんは、申し訳なさそうな笑顔を浮かべて一言。

「今日もおれ、用事あるんだ」
「そっか……」
「だから、家庭科室来なくて大丈夫だから」
「わかった」

 そういって、精一杯の笑顔をつくる。

 正直、残念だ。
 とても残念だ。
 ここのところ、ずっと家庭科室に行ってない。
 味見係は待ってるんだよ、といいたいけど、いえない。

 わたしが残念そうにしているのを、栗屋くんが表情で察したのかこう付け加える。

「ごめんな」

 妙にやさしい声でいうと、教室を出ていった。
 わたしは栗屋くんの後姿を見る。
 心臓がドキドキとうるさい。


「あら、今日も残すの?」

 その日の晩ご飯。
 わたしが、「ごちそうさま……」というと、母がそう聞いてきた。

「うん、なんか喉を通らなくて……ごめん」
「もしかして楓、恋かあ? それなら父さんに相談しなさい!」
「やだもう! お父さん! ハンバーグつまみにビール飲まないでよ!」 
「楓の年頃で食欲がないなんて、食べ過ぎか恋のどっちかだろー!」
「そうだけど、そういうのは黙っておくものでしょ」

 そんなことをいい合う両親からそっと離れる。

 恋ねえ。
 みーんなわたしの食欲のなさを恋のせいにしたがる。
 その時、ふと今日の栗屋くんの申し訳ない笑顔と、やさしい声が脳内でリピートされる。

 そうだよ! 恋だよ!
 わたしは勢いよく階段をあがり、自室にこもった。