おしゃべりな家庭科室で。

「食べてみてくれ」 

 栗屋くんに真剣な顔でいわれ、わたしは覚悟を決める。

 あのやりとりを聞いてしまったから食べにくいけれど。
 でも、せっかく作ってくれたものを食べないわけにはいかない。
 それに食べたくないなんていったら、栗屋くん絶対に面倒くさい。
 そう思って、フォークで一口、オムレツを口に運ぶ。

 瞬間。
 口に広がる卵とバターのハーモニー。
 とろとろにとろける卵、バターの塩味は絶妙。
 やさしい甘みとコクがあるオムレツは、家庭の味ではなくホテルの朝食の味だ。

 本来、オムレツにはケチャップを少しだけかけるわたし。
 でもこのオムレツには必要ない。
 もうこの一品で完成された味だ。

「おいしい……」

 思わず言葉に出てしまう。
 卵とバターでこれだけのオムレツができるなんて……。
 昨日はシェフに向いていないと思ったけど、そんなことない。
 すごくおいしい!

「本当か?!」

 栗屋くんがそういってわたしの顔を覗き込む。
 その目は透き通っていて濁りがない。

「うん。本当に。すごくすごくおいしい」

 わたしがそういうと、栗屋くんはホッとしたように椅子に座りこんだ。

「よかった……」

 栗屋くんは心底、安心したようにそういった。
 わたしはオムレツの二口目、三口目を食べつついう。

「作り慣れてるなら、余裕だったんじゃないの?」
「余裕なんてねーよ。人様に食べさせる時はなんだって緊張するもんだ」
「へぇ。そうなんだ」

 いつも自信満々の栗屋くんが、なんだかかわいく見えてくる。
 栗屋くんは、お皿を見ていう。

「あっ。まて。おれのも残しておいてくれ」
「半分食べちゃった。ごめん」
「いや、まあ美味しいってことだからいいけど」

 栗屋くんは、半分になったオムレツを口に入れる。
 ひとつうなずいて、それから何事か考え始めた。
 首をかしげつつ、栗屋くんはいう。

「あれ、これ塩を入れ忘れたのに、ちゃんと塩味あるな……入れたっけ?」

 その言葉に、卵やバターの涙が入ったかもしれない、とはいえなかった。
 わたしだって食材が涙を流すとか思いたくないから……。